7(承前)
朱宇鵬は小岩になどいない。雄也が殺害された事件の翌日、中国の大連行きの飛行機に乗って身をかわしている。刑事の若松に乗客名簿を調べさせた。
防犯カメラに映った犯人どもを二晩眠らずに凝視した。あまりに頻繁に巻き戻しと再生を繰り返したため、ビデオデッキを一台故障させた。
犯人たちはストッキングで顔を隠してはいたが、しつこく粘って犯人の姿を凝視しているうちに『翡翠苑』の手下を思い出した。刑事の若松にこの手下を調べさせた。名を朱宇鵬といった。そいつの出身は黒竜江省で、任海狼と同じく中国残留孤児二世として日本の江戸川区に移住。一時入所施設で極貧生活を送った。
朱宇鵬は龍星軍の結成メンバーのひとりであり、よその暴走族との抗争で、相手の腹をふたり刺して少年院に送られた。成人してからも傷害や窃盗、監禁など前科三犯の札つきだ。そして先日、岡谷組組長とその舎弟頭からきつい一発を食らった。
そんな流氓と似た人物が、殺人事件の直後に生まれ故郷の黒竜江省へと高飛びした。朱宇鵬と事件とを結ぶ直接的な証拠はない。警察組織であれば、もっと有力な証拠を集めなければならないが、ヤクザにそんなものは不要なのだ。
不破自身も犯人を朱宇鵬だと断定できずにいた。自分の精神状態はまともではない。最初から東北幇を疑ってかかってもいる。だからこそ、白黒はっきりさせるために来た。
任海狼がぬけぬけとついた嘘と、取り巻きたちの表情がすべてを証明している。この卑劣漢どもは不破のもっとも大切にしていた宝を踏み砕いただけでは飽き足らず、くだらぬ嘘で犯人をでっちあげ、不破たちに裏で舌を出してみせた。頭をしめつけるような憤怒がこみあげてくる。
「なんだったら宇鵬と直接話すといい。連絡を取る」
任海狼がジーンズのポケットに手を入れた。
取り出したのは携帯電話ではなく、ブラックブレードの折り畳みナイフだ。友好的な笑みを浮かべたまま親指ですばやく刃を開き、彼は長椅子から腰を浮かせた。テーブルをスニーカーで踏みしめ、不破に飛びかかってくる。この男の言葉は嘘まみれだが、電撃戦を重視しているのは事実のようだ。
ネコ科の獣のような素早さで、おまけにためらいはまったくない。不破の喉を突こうと折り畳みナイフの刃をまっすぐに繰り出してくる。
不破は左腕を掲げた。前腕で喉を守ると同時に、尺骨にまで響くような激痛が走る。任海狼の刃が前腕の皮膚や筋肉を刺し貫き、先端が尺骨にまで達していた。任海狼は攻撃を防がれて不満そうに顔を歪める。
不破がその顔面に右拳を叩きこんだ。任海狼の軽い身体が長椅子まで吹き飛ぶ。不破の右拳をまともに浴びれば、プロでも立ってはいられない。任海狼の鼻骨を砕いた感触はあったが、座ったままの正拳突きでは威力が不十分だった。
任海狼は長椅子の背もたれに身体をぶつけ、大量の鼻血を噴き出させた。顔の下半分とTシャツが真っ赤に染まる。彼は舌で鼻血を舐め取りながら、不破を不敵に見つめる。
「不破!」
土居が叫びながらテーブルを蹴り上げた。テーブルが空を舞って長椅子の任海狼や側近どもに当たる。
任海狼が中国語で吠えた。
「ぶち殺せ!」
不破は出入口のほうに目を走らせた。
宇佐美が早くもスケーター風に組みついていた。スケーター風は腹の自動拳銃を抜き出そうと、Tシャツの裾をめくっていた。宇佐美は襟首と袖を掴み、柔道技でスケーター風の片脚を払って床に倒した。彼はスケーター風の胸部に向け、空手の試し割りのように拳を振り下ろした。
スケーター風は陸に打ち上げられた魚のように身体を跳ね上がらせた。目玉を飛び出さんばかりに見開く。複数本の肋骨をへし折られているのがわかった。
紺野が低い声を漏らした。ボディチェックに関わったスウェットがバタフライナイフを握り、紺野の腹を何度も突いている。“包丁任”の手下だけあって刃物の扱いに慣れており、急所を刺すのにもためらいがない。他の暴走族を次々に征服するほどの残虐性を目の当たりにする。
しかし、スウェットが不可解そうに顔をしかめた。不破たちは武器こそ所持していないが、最低限の防具は身に着けていた。雑誌を胸や腹に当て、そのうえからきつくサラシを巻いた。スーツをきっちり着込んだのも、ボディチェックで防具の存在を悟られず、なおかつ刺突のダメージを軽減させるためだった。
使用した雑誌は月刊写真誌だ。良質で高密度の紙が束になっており、研ぎの甘いナイフや包丁なら完全に防いでくれる。紺野がスウェットの頬に腰の入った右ストレートを叩きこむ。
長椅子の傍にいた大男が鬼の形相で距離を詰めてきた。不破に右拳を振り下ろしてきた。左腕を上げてガードしようとする。だが、ナイフが突きささったままで反応が遅れる。
大男の拳を左頬に食らった。力んだ素人丸出しのパンチだが、ヘビー級の体重が拳に乗っており、砲丸がぶつかったかのような衝撃に襲われた。頬骨がきしんで首がねじれる。口内のどこかが切れて、舌が血の味を感じ取る。
大男はケンカに慣れていた。隙を見逃さずに猛然とラッシュを仕掛けてきた。左右の拳を力任せに振るってくる。不破は両腕を掲げて顔面と頭を守る。大男の拳が当たるたびに、左腕に激痛が電流のように駆け抜け、傷口から血が漏れ出るのを感じた。スーツの生地が血を吸って赤黒い染みができる。
「足らねえよ」
不破は小さく呟いた。左頬が燃え上がるように痛む。鉄球のような拳の衝撃が、不破の脳や身体を揺さぶる。だが、全然足りない。
雄也の苦痛はこんな程度ではなかった。彼を守ると豪語していた不破には、もっときつい痛みが与えられるべきだった。
大男の息が荒くなった。キレのないパンチがさらにのろくなる。不破はガードを下げて額を突き出した。大男の右拳を額で受け止める。頭蓋骨と首の骨が悲鳴を上げるが、大男は怯んだ表情を見せて右拳を引っ込めた。大男が右拳を痛めたのがわかった。不破の得意技だ。
床を蹴って大男に反撃した。右肘に全体重を乗せ、大男の顎を下からかち上げた。大男が歯をガチンと鳴らし、数本の歯と血が不破の頭に降り注いだ。すかさず睾丸めがけて右アッパーを突きあげると、大男は短い悲鳴をあげて床に尻もちをついた。股間を小便で濡らしたまま動かなくなる。
不破は店内を見回した。男たちは乱戦になだれ込んでいた。宇佐美はスケーター風を叩きのめし、もうひとりの大男と殴り合っている。土居はパイプ椅子を巧みに使って、任海狼の側近たちのナイフ攻撃に対抗している。紺野はバタフライナイフを持ったスウェットと互角の戦いを繰り広げている。
不破は左腕に刺さった折り畳みナイフを抜き、洗面台の下へと投げ捨てた。バーバーチェアに積まれた衣類に手を突っ込み、下着を左腕にきつく巻きつけて止血する。
任海狼が鼻血を垂らしながら長椅子から立ち上がっていた。口角を上げて笑みを浮かべる。左手にはより殺傷力のある両刃のダガーナイフを握っていた。刃が銀色の輝きを放つ。
彼の右手には幅広の大きな中華包丁もあった。長椅子の裏にでも隠していたのだろう。無骨な得物を見て、任海狼の凶暴な本質を感じ取る。
「もっとよこせ」
不破は唾を吐いて挑発した――もっときつい痛みをよこせ、雄也を殺ったときのような苦痛を。
「よこすのはてめえだ、クソヤクザ。キンタマ抜かれた豚どもが、いつまでもでかいツラするな!」
任海狼が足を踏ん張った。不破は両腕を掲げて迎撃態勢を取る。
任海狼が床を蹴った。同時に左手のダガーナイフを至近距離から投げつけてくる。ダガーナイフが矢と化して不破の顔面に迫る。
不破は動かなかった。右目をしっかり開けたまま、不動の姿勢でダガーナイフを頬で受け止めた。刃が頬の皮膚を刺し貫き、歯と歯茎に衝突するのがわかった。歯の神経が激痛を脳に訴え、意思とは無関係に涙があふれてくる。砕けた歯の欠片が舌のうえで転がる。しかし、雄也や歩美が味わった痛みはもっときつい。
任海狼が右腕の中華包丁を振るった。不破の首筋に刃を叩きこもうとする。これが彼の必勝法なのだろう。ダガーナイフで相手を怯ませ、その隙に中華包丁でなぎ倒す。
不破は怯まなかった。任海狼の動きを見極める。左の裏拳を繰り出し、任海狼の右手首を打った。中華包丁による斬撃を弾き返し、右の正拳突きを放った。右拳は突進する任海狼の口を捉えた。岩がぶつかったような衝突音がし、任海狼が瞳孔を開かせて膝から崩れ落ちる。
不破の右拳が痛んだ。わずかに視線を落とすと、任海狼の歯が何本も突き刺さっていた。
任海狼は左手で床に手をついた。倒れるのを拒むように片膝をつき、中華包丁を不破のふくらはぎへと振るってくる。右足を後ろに引いて刃をかわすが、スラックスを切り裂かれ、脛の皮膚を傷つけられた。脚に熱い痛みが加わる。これでもまだ足りない。
回し蹴りを放って任海狼の側頭部を蹴り払った。任海狼が血を撒き散らして床に横たわる。中華包丁はしつこく握ったままだ。
不破は任海狼の右手首を踵で何度も踏みつけた。中華包丁が手から離れる。彼の鼻は曲がり、折れた歯が下唇を突き破っている。顔の下半分は血にまみれ、側頭部にはコブが膨らんでいく。不破以上にひどい有様だ。だが、雄也が負った傷ほどではない。
不破は右拳に刺さった歯を抜き取りながら室内に目をやった。乱闘は未だに一進一退の攻防が続いていた。
紺野は顔や頭部にいくつも切創をこさえながら、相手のスウェットに膝蹴りを見舞った。宇佐美は大男の頬や顎に肘打ちの連打を食らわせてグロッキー状態に追いやっている。
土居は任海狼の側近ふたりを相手にし、刃物で右手を切られたらしく、人差し指と中指を失っていた。それでも血でぬめるパイプ椅子を振り回して対抗している。指を切り落とされたというのに、目の輝きはますます強まっている。
不破は右手で任海狼の長い髪を掴んだ。彼は目をほぼ閉じたまま、泥酔したかのように身体をぐらつかせる。意識を失いかけているようだった。この男が役者なのを警戒しつつ、不破は左手で任海狼の頬に平手打ちを見舞った。血があたりに飛び散る。
任海狼が覚醒した。目を見開くと同時に顔をしかめる。少なくとも八本の歯を失い、口内は火事のような熱と激痛に襲われているはずだ。鼻骨をへし折られて鼻血を流し、呼吸もままならないようで、口で苦しげに息をする。不破と目が合った。
「二枚目にしてやれた」
任海狼は肩を揺すって笑い声をあげた。それはすぐに咳に変わり、彼は血の塊を吐き出した。
不破が問い質そうとしたが、まともに口が動いてくれない。頬にダガーナイフが刺さったままで、自分でもなにを言ってるのかわからない。
ダガーナイフを左手で引き抜いた。左腕の刺傷による痛みが増し、左手は意図もせずに震えた。頬の傷口から流れ出る血が口内に入り、床に血と歯の欠片を吐き出す。
「なぜ雄也を殺った」
不破が任海狼に訊いた。
酔っ払いのように呂律が回らない。穴の開いた頬から空気が漏れ、歯茎が痺れたように痛む。
「日本人なんだろう。ちゃんと話せよ」
任海狼に嘲られる。不破は左拳を固めた。左腕の出血は止まらず、痺れるような痛みが走るが、この男のふざけた態度が不破に力を与えてくれる。
任海狼の右胸に左拳を突き上げた。肋骨が砕けるのがわかり、任海狼は目を飛び出さんばかりに見開く。彼は顎を震わせながら答える。
「……単純な話だ。コケにされたら、そいつが一番大切にしてるもんを壊す。悪党の常套手段だろうが」
「違うな。おれが豚ならお前はドブネズミだ。なぜ雄也を殺った。あいつを殺ってなにを得るつもりだった」
「あんたの泣き声だよ。かわいい甥っ子の死体を目にして、ぴいぴい豚みたいに泣いたそうじゃ――」
不破は左手を伸ばして任海狼の右手を掴んだ。
彼の右手首をひねると、任海狼が叫び声を上げた。踵で何度も踏みつけたさいに、右手首の骨が折れたようだった。皮膚がはち切れそうなほど腫れている。
「なぜ雄也を殺った」
「あんたが……むかつくからだ。淫売の倅のヤクザ者が……華麗なる一族の大黒柱みてえなツラしやがる」
不破は任海狼の顔に唾を吐いた。血と歯の欠片と唾液が、彼の鼻に命中する。
任海狼の頭髪を左手で掴み直した。右拳で彼の左目を六割程度の力で殴り続ける。不破の右拳は玄翁と化しており、任海狼の左目がみるみる塞がっていった。瞼が青紫色に腫れ上がっていく。
ボスが一方的に叩きのめされていると知り、手下たちの士気が一気に下がるのを感じた。任海狼の側近ふたりも、土居にパイプ椅子が歪むほど殴打され、もうひとりは宇佐美の前蹴りを腹に食らっていた。残りの手下たちは失神したか、戦意を完全に失っている。
不破は任海狼の右目を潰しにかかった。もう左目は完全に閉ざされている。眼下底骨折により眼球が陥没している。
右目にも同じく鉄拳を浴びせられると、任海狼が耐えかねたように首をねじった。彼は掠れた声で言った。
「カネだ……それ以外になにがある」
「誰が雄也を殺った」
サイレン音が耳に届いた。土居たちが一斉にケンカの手を止めて外を見やる。
「不破!」
土居が側近の顎をパイプ椅子で殴り払いながら吠えた。
サイレン音は複数の警察車両のものだ。みるみる音量が上がっていく。ここに向かっているのは明らかだ。子分たちがここからずらかろうと訴えてくる。だが、不破はそれを無視して任海狼を凝視する。
「誰が雄也を殺ったんだ」
「……」
任海狼がある人物の名を囁いた。サイレン音がやかましく、男たちの怒鳴り声もあって、その囁きは不破の耳にしか届かない。
不破は顔を凍てつかせた。
「バカな」
任海狼が口を横に広げた。
「てめえは人生かけて一体なにを守ってきたんだかな……憐れな野郎だよ」
不破は腹の底から声を張り上げた。サイレン音よりも大声をあげると、任海狼の顔面に右拳を全力で叩きこんだ。
彼の鼻が陥没して顔面の骨がまたどこか折れるのがわかった。ぐしゃりとなにかを叩き潰す感触が右拳に伝わる。
さらに右拳を打ちこむと、右目が眼窩からこぼれ出した。顔面のあちこちがへこみ、元の顔とは似ても似つかぬツラになる。彼の頭髪から左手を放した。任海狼は床に崩れ落ちたきり動かない。呼吸すらしていない。
ブラインドやカーテンで外の様子はうかがえない。それでも、すでに少なくない人数が集まっているのは嫌でもわかった。車のドアを頻繁に開け閉めする音がし、警察官の声や無線の音までが室内にまで届く。
玄関ドアが激しく音を立てた。ドアノブを荒っぽくガチャガチャと回される。
警察官と思しき人物が怒鳴った。
「巣鴨署だ! さっさと開けろ」
不破は宇佐美に命じた。
「開けてやれ」
宇佐美が肩で息をしながら玄関ドアへと近づいた。土居が近づいて尋ねてきた。彼は任海狼を見下ろした。
「聞き出せましたか」
「ああ」
不破たちは両手を上げた。警察官に抗う気力までは湧かない。まずは生き延びるため、腕を心臓より高く掲げて止血する必要があった。不破は呟いた。
「おれは守護者じゃなかった」
宇佐美が鍵を外した。
玄関ドアが音を立てて開かれ、ヘルメットをかぶった警察官が大量に店内へと押し寄せてくる。怒声と足音が轟く。
警棒やマグライトを持った彼らに揉まれながら、不破は己を嵌めた人物の顔を浮かべ、あの世にいる雄也にケリをしっかりつけると誓った。
平成十四年
1
不破は前橋刑務所を出た。懲役六年の満期出所だった。
門衛に挨拶を済ませ、ボストンバッグを手にスーツ姿で白色の門扉を潜り抜けた。同所の名物である赤いレンガ塀の外へと出る。
目の前は片側二車線の道路が走っており、スピードを出した車がひっきりなしに行き交っている。向かい側には家やアパートが立ち並んでいた。天候には恵まれたらしく、雲ひとつない爽やかな秋晴れだった。
刑務所に領置されていたアイパッチを左目につける。歩道では見知った顔の男たちが待っていた。
「二代目、ご苦労さまです」
舎弟頭兼組長代行の南場が一礼した。それに続いて若頭の土居と若頭補佐の紺野が「ご苦労様です」と声を張り上げた。
不破を待っていたのは岡谷組の人間だけではない。上部団体である義光一家の理事長の釜石保が羽織袴姿で迎えてくれた。
釜石は不破の兄貴分にあたる人物だ。六十半ばを過ぎた老人で、坊さんのように頭髪を剃り上げている。顔は赤銅色に焼けていた。トローリングを趣味としており、カジキマグロやカツオといった大型魚を釣り上げている。
不破は釜石に頭を深く下げた。
「理事長、ご多忙のなか早朝からのお出迎えに参集していただき、心より感謝いたしております。たった六年の刑務所生活ではありますが、こうして無事復帰することができました」
「とっとと東京に戻ろうぜ。道中積もる話もあるしよ。ひと昔前なら、ずらっと若い者に代紋入りの提灯持たせて賑々しく並ばせたんだが、近頃はそんなわけにもいかねえ。会長や他の兄弟たちも大スターの帰りを首長くして待ってる」
「ありがとうございます」
土居が不破のボストンバッグを受け取った。不破は彼の右手を見やった。
「人差し指、うまくくっついたんだな」
「中指だけ短くなっちまいましたが、とくに支障はありません」
土居と会うのは六年前の公判以来だ。
傷害罪で起訴された土居は懲役二年の判決を受け、甲府刑務所で服役を済ませて先にシャバに出ている。あの戦いに加わった者でもっとも重い刑を背負ったのは、傷害致死罪で裁かれた不破だった。任海狼は脳挫傷に伴う急性硬膜下血腫でくたばっていた。
不破たちは近くの有料駐車場へと移動した。全員で国産のミニバンに乗りこむ。
かつては不破を始めとして、ベンツやベントレーといった高級セダンを乗り回していたものだが、ここ数年の間で車の流行もだいぶ変わった。ヤクザ社会の間でもミニバンが急速に広まっているという。
変わったのは車だけではない。全員が手にしている携帯電話の形も進化した。コンパクトな折り畳み式となり、紺野の携帯電話に至ってはカメラ機能がついていた。なぜ携帯電話にカメラをつける必要があるのかを理解するまで時間がかかった。