今月のベスト・ブック

Cover Design+Photo Complex=岩郷重力+S.KW

『すべての夢、果てる地で』
理山貞二 著
創元日本SF叢書
定価 2,200円(税込)

 

『すべての夢、果てる地で』の著者、理山貞二さんは1964年大阪生まれ、大阪大学基礎工学部卒業。筋金入りのSFファンです。2012年、創元SF短編賞を受賞し、これが初の作品集。兼業作家で寡作ですが、練り上げられた作品は濃密で、読み応え十分。

 

 作品の魅力のひとつは、理系のアイデアが突き抜けていて、あっと驚かせてくれることでしょう。良い例は、収録された「ディセロス」に登場する「プレデシジョン・ダイス」というデバイス。サイコロのような形と大きさながら、内部に総延長9千万キロメートルに及ぶカーボンナノチューブの回路があり、電磁波の信号が端から反対側の端まで伝わるのに5分かかるというのです。電磁波の性質として、波動は過去へも未来へも同様に伝わる。これを利用すれば信号が、一方では過去から未来へ、逆方向では未来から過去へと届く──といわれても、素人には納得がゆきにくいのですが、とにかく物理学的にはそういう理屈が成り立つらしい。というわけで、このダイスを体内にセットした人間は5分後の光景を見聞きすることが可能になるのです(これでいいのかな?)。

 

「ディセロス」の眼目は、5分後の情報を得ることができる6人が、閉鎖空間で殺し、殺されることをどう実行し、どう防ぐかというところ。なにしろ、やる方もやられる方も結果がわかっているのですから、とるべき行動が複雑至極にならざるをえません。

 

 先に「ダイスを体内にセット」と書きましたが、登場人物たちは生身の人間ではなく、意識を電脳に転移させられた「機能人格保持者」──つまりアンドロイドなのです。主人公はフアンという男ですが、転移したボディは若い女性。他の登場人物も、巨大植物ラフレシアに足が3本ついたような恰好だったり、装甲したゴリラのような恰好だったりします。舞台は、火星近傍を飛ぶ全周約1キロのドーナツ型宇宙工場。

 

 複雑なトリック的行動が展開されるアクションミステリSFは、日本ではちょっと類例を見ません。他に「キャプテン・セニョール・ビッグマウス」と「黒い星の伝説」も、人類が太陽系全域に進出した同じ未来世界を舞台にした現代的なスペースオペラ。

 

 表題と少し異なるタイトルの「〈すべての夢―果てる地で〉」は創元SF短編賞受賞作。紙の本が入手できなくなった悪夢の未来で、別の宇宙からやって来た変幻自在なエージェント「フォッグメン」と共に、世界を悪化させた原因である量子コンピュータの所在を突き止める話。別の意味での悪夢の世界を描いた英国作家へのオマージュであると同時に、現代SFの巨匠たちへの愛着も見てとれてファンの心をくすぐります。

 

 残る「折り紙衛星の伝説」と「四元数の悪魔」を加え、全6編。斬新なアイデアとスリルに満ちた展開を備えた屈指の本格SF短編集となりました。

 

■qntm『反ミーム部門は存在しない』

 

 qntmクオンタム『反ミーム部門は存在しない』(鳴庭真人訳/ハヤカワ文庫SF)は、これまた突拍子もない発想のホラーSF。

 

“ミーム”とは、思考や行動様式、価値観など、人間の認識と行動の枠組みとなる概念のこと。遺伝子と同じように人から人へと伝播し、受け継がれてゆくものとして生物学者のリチャード・ドーキンスが提唱しました。人間はミームを生み出し、拡大させてゆく生物ともいえるわけですが、この作品に登場する「アンノウン」は、逆にミームを消去する存在。たとえばあるアンノウンは「自転車の乗り方だけでなくその構造に関する人間の知識をすべて飲み込み、消化し、抹消」する。つまり人類社会から自転車が消えてしまうというのです。主人公はある機関に所属し、世界中のさまざまなアンノウンを発見し、記録して処分する任務に就いています。

 

 あれこれ概念が頭から消えてしまうというと、なんだか笑える話ですし、実際、読んでいて笑ってしまう箇所もあるのですが、ある種のアンノウンに取りつかれると「自己」という概念すら消失するので、実は危険極まりない。中でも最悪のアンノウンが世界を埋めつくし、人類は絶滅の淵に立たされます。クライマックスでは悪夢そのものの光景が繰り広げられ、いったい何がなにやら……とんでもない仕掛けの小説が出現したものです。

 

■星新一『きまぐれカプセル』

 

 星新一『きまぐれカプセル』(新潮文庫)は、1926年9月6日生れの著者の生誕100年を記念する新刊。単行本に収録されていなかったエッセイに、新たに発見された未発表のショートショートなど全94編が収録されています。

 

 エッセイは星さんの一生を順にたどる形で並べられ、人生その時その時の様子を、創作の秘訣も加えて、本人の口から語ってもらっている気分。星さんが時代に合わせて言葉遣いを改訂していたことはよく知られていますが、関連して「私が新聞やテレビを見るのは、流行語などを知り、それを使わないようにするためだ」と書かれていたりすると、その徹底ぶりに驚嘆します。

 

 新発見のショートショート「聖地」は、星作品にいちばん詳しい次女のマリナさんによれば、文体から見て、デビュー作「セキストラ」以前、50年代後半のものではないかとのこと。いうまでもないことですが、いかにも星新一作品。こうして“新作”が読めるのは読者にとってこれ以上ない喜びです。