今月のベスト・ブック

装幀=川谷デザイン
装画=九島優

『新しい世界を生きるための14のSF』
伴名 練 編
 ハヤカワ文庫JA
定価1,496円(税込)

 

 このところ中国や韓国のSFが活況を呈しているのはご承知のとおり。で、日本は? と振り返りたくなるのは自然な流れですが、実は日本も凄いことになっている、と実感させてくれるのが『新しい世界を生きるための14のSF』。ほとんど無名といっていい新鋭14人の短編を集めたアンソロジーで、815ページという分厚い文庫本であります。

 馴染のない作家ばかりなので前もって傾向をつかめないせいもあるでしょうが、作品ごとに次々と新たな世界が開けてゆきます。オープニングは八島游舷やしまゆうげん「Final Anchors」。0.5秒後に衝突が差し迫る2台の乗用車の車載AI同士が会話を交わすという緊迫感溢れる状況のもと、めくるめくドラマが展開します。たった0.5秒でも高性能のAIにとっては人間の日常の90分にも相当する時間。とはいえ、走る車を物理的に操作できるわけではない。如何なる結末が待ち受けるのか?

 物語が秀逸なのはいうまでもありませんが、付された解説がまた見事。編者の伴名練はんなれんはこの作品を「AI」というサブジャンルの最新作と位置づけ、これまでに書かれた同ジャンルの諸作を、簡明な内容紹介とともに列挙します。いかに多くのSF作家たちがこのテーマに挑み、傑作をものしてきたかが一目瞭然。その最先端にこの作品が誕生したのだということがよくわかります。

 2番目に登場する斜線堂有紀「回樹」は、同性のパートナーを亡くした女性が、回樹という奇妙な樹木にその遺体を託す顛末を描く。一見、軽快な百合SFではありますが、人間の繋がりの不思議さ、微妙さを浮かび上がらせ、うならせます。編者はこの作品を「愛」というサブジャンルに位置づけ、ここに属する諸作を並べて、SFがこの分野でもさまざまな試みをしてきたことを実証します。

 以下「実験小説」「宇宙」「異星生物」……と、これまでの積み重ねられた作品が丁寧に紹介され、読者は最新傑作とともに、詳細な読書ガイドを手に入れることになります。

 ひとくちにSFといっても、そこには様々な傾向とテーマがあり、多くの作家がアイデアを注入し、表現手法を工夫しています。そうした歴史と現状がジャンルを豊穣にしてきたことがひしひしと伝わってくるのです。SFの活力と将来性を感じる素晴らしい1冊。

 編者の伴名さんは、作品集『なめらかな世界と、その敵』(早川書房)ほかを発表し作家として活躍するかたわら、アンソロジストとしても精力的な活動を続けています。シリーズ《日本SFの臨界点》(ハヤカワ文庫JA)では『[恋愛篇]死んだ恋人からの手紙』、『[怪奇篇]ちまみれ家族』と、作品傾向ごとに多様な作家の作品をまとめた後、『中井紀夫 山の上の交響楽』『新城カズマ 月を買った御婦人』『石黒達昌 冬至草/雪女』と作家ごとの集成も。いずれも一般にはあまり知られていない傑作を蘇らせる労作ばかり。頼もしい限りです。

 短編SFという繋がりでいうと、日本SF作家クラブ編『2084年のSF』(ハヤカワ文庫JA)は、『同志少女よ、敵を撃て』の逢坂冬馬を始めとする23人の手になる書き下ろしアンソロジー。内容は「仮想」「社会」「認知」「環境」といった7つのテーマのもとに各作品が区分けされています。

 また〈SFマガジン〉8月号も「短篇SFの夏」という特集を組み、翻訳1編を含む8作を掲載しています。

 宮澤伊織『神々の歩法』(創元日本SF叢書)は、第6回創元SF短編賞を受賞した表題作から始まる連作4つを集成。

『新しい世界を――』の「異星生物」の項において伴名さんはハル・クレメントの古典的名作『20億の針』を挙げ、「異星人が地球人に寄生・力を貸し、別の宇宙人を倒すという構図は一ジャンルとなり(中略)日本で換骨奪胎されまくった」と指摘していますが、まさに本書もそのひとつ。魚座で起きた超新星爆発のため宇宙各地に吹き飛ばされた知性体の一部が地球に飛来、人間と融合して“憑依体”と化して驚異的能力を発揮するのです。ここで暴れまくる憑依体は2人の女性。第1作で登場するやんちゃな少女ニーナと、第2作で加わる「死の女神」カミラ。やっかいな2人がアメリカのサイボーグ戦闘部隊と協力して、発狂した異星人による危機から地球を救います。ぶっ飛んだ設定と魅力的なキャラクターの奔放な振る舞いが楽しい。

 なお作者あとがきによれば、第1作に「ウクライナの農夫」を、書き下ろしの第4作に「ロシアからアメリカを侵略しに来た時代錯誤的な帝国主義者」を登場させているため、色々と心的葛藤があったらしい。ロシアのウクライナ侵攻はさまざまなところに影を落としているのですね。

 チャン・ガンミョン『極めて私的な超能力』(吉良佳奈江訳/早川書房)は韓国人作家初のSF短編集。10作が収録されています。

「アラスカのアイヒマン」では集団殺戮者の心に迫り、「アスタチン」では壮大なワイドスクリーンバロックを展開。SFで可能なあれこれを試そうという思い入れが伝わってきます。その上で人間の心情を見つめようとするところがアジア的といえるでしょうか。

 これまで女性作家中心だった紹介に男性が加わり、韓国でのSF状況がさらにはっきりしてきたように思います。