今月のベスト・ブック

装幀・装画=岩郷重力+Y・S

『アブソルート・コールド』
結城充考著
早川書房
定価2,420円(税込)

 

「チャットGPT」など生成AIの登場でAIとの付き合いがあっという間に身近になってきました。向こうの言っていることが信頼できるかどうかはともかく、気軽にAIとおしゃべりできるのは楽しいですね。

 こうなってくるとSFで描くAIもよほど工夫をこらさないと“SF的”ではなくなってしまいそう。作家の腕の見せどころです。

 そこで『アブソルート・コールド』。ここに登場するAIがこれまでになく可愛いのです。子猿のような外見で、登場人物の1人であるコチ(東)という少女が「誰? 何のための人工知能?」と問いかけると、「……自分でもよく分からないんだ」と困ったりします。そして、コチ以外の人間は信用できないから、と助けを求めてくるのです。

 その様子を見てコチは、親鳥を慕う雛鳥を思い浮かべるのですが、人間とAIが信頼し合ったり、あるいは愛し合ったりする世界は可能なのでしょうか?

 この小説は、そんな世界の始まりを描く側面も持っています。が、全体をわかりやすく表現すれば「サイバーパンク・ハードアクション」といった感じかな。先鋭化した科学技術と、貧困による荒廃とが入り交じった未来都市で、人と人との、そして人と機械との結びつきをめぐって激しい戦いが展開します。

 発端は特殊な自治を誇るユキ市に発生した大規模な停電。そのさなか、この街を実質的に支配する企業・佐久間種苗の本社ビル内で100人を超える社員が殺されます。生命工学と情報技術を独占するこの会社が進める計画に関する利害が背後にあるらしい……。

 舞台となる見幸市の景観が実に魅力的。手っ取り早くいえば、夢見られていた未来都市とスラム化した迷宮が混然となり、ぞくぞくわくわくする世界となっているのです。高層ビルが林立する街の住民は二分化され、それぞれ「高層人」「地上人」と呼ばれています。高層人が富裕層かと思いきや、彼らはビルの屋上にバラックを建てて暮らす寄生種族のようなもの。ビルの電気設備のメンテナンスで生計を立てており、正規の市民とはみなされていません。先の少女コチは高層人の1人。高層ビルの屋上間にはワイヤが張り巡らされ、コチたちは「横断機ローラー」という装置(自動滑車のようなもの?)を使ってワイヤ伝いにビルからビルへと移動します。

 コチのほか、主要な登場人物が2人。そのうちの1人、クルミ(来未)は22歳の男性警察官。優れた射撃の腕をもち、見幸署に新たに創設された鑑識課微細走査係という部署に配属されます。任務は死者の大脳皮質に残された記憶を読み取ること。このための技術は佐久間種苗が開発したもので、会社からはオルローブ雫という混血の美女が特別補佐官として派遣され、2人は、死亡した社員の記憶から事件の手がかりを得る作業にとり組みます。

 主要人物のもう1人、ビトー(尾藤)は中年の私立探偵。亡くした妻との間に娘がいますが、彼女は“石化症”という難病を患っており、延命に莫大な治療費が必要。その弱みを以前の同僚から突かれ、今回のテロ事件の捜査に独自の立場で関わることになります。単独で佐久間種苗に事情聴取に出向いたところ、人工知能担当の技術部長が突然、自分の頭を爆薬で破裂させて死んでしまう。

 こうした事件の謎が物語の推進力となりますが、その途中での各場面がとにかく素晴らしい。最初にいった“子猿”をはじめとする人工知能関係のさまざまな自動端末、廃れた工場を動き回る機械たち、モノレールの軌道上で繰り広げられる銃撃戦……。盛りだくさんのアイデアを詰め込み、それらをきっちりと組み立てたストーリーが歯切れのよい文体で語られます。人と機械の境界が溶けあい、生と死の境界が取り払われる。魅力的かつ戦慄すべき未来絵巻。

 大森望責任編集の『NOVA 2023年夏号』(河出文庫)はオール女性執筆陣による13編が並ぶ書き下ろしアンソロジー。登場順に作家名を並べると――池澤春菜、高山羽根子、芦沢央、最果タヒ、揚羽はな、吉羽善、斧田小夜、勝山海百合、溝渕久美子、新川帆立、菅浩江、斜線堂有紀、藍銅ツバメ

「日本SF史上初! 女性作家のみでおくる」とオビでは謳っていますが、編者によれば女性作家だけによる中国SFアンソロジーを読んでいたら日本版も読みたくなったのがことのはじまりだとか。詳しく紹介する余裕がありませんが、宇宙SFから時代もの、ダイエットSFまでバラエティに富んだ内容で、必ずお気に入りが見つかるはず。

 北野勇作がツイッターで発表しつづけている「百字小説」を精選した文庫3冊が出ています。〈シリーズ百字劇場〉と銘打って『ありふれた金庫』『納戸のスナイパー』『ねこラジオ』(ネコノス文庫)。ご存じの方には説明不要でしょうが、ほぼ100文字で語られるのは、SFであったり、ホラーであったり、私小説であったり。一読するだけで物語世界が読者の脳内にぱっと立ち上がってきます。だから、起承転結には欠けるとしても、これらはまごうことなき小説なのです。

 3冊はそれぞれ「SF」「狸」「猫」というテーマで括られており、行きとどいた編集ぶりがうれしくなります。書店での購入は八木書店への注文で。ネットではアマゾンあるいはネコノスのオンラインショップから。