今月のベスト・ブック

装画=富安健一郎
装幀=早川書房デザイン室

超新星紀元
劉慈欣 著
大森望 光吉さくら ワン・チャイ 訳
早川書房
定価 2,310円(税込)

 

『三体』の劉慈欣さんの長編第1作が翻訳されました。14歳以上の人類がすべて死に絶えるという、ある種の“終末SF”。といっても13歳以下の子どもは生き残り、人類全体が絶滅するわけではないので、はたして子どもだけで社会が成り立つかを探ったシミュレーション小説ということもできそうです。

 高齢化が進み世の中が老人だらけになる事態は誰しも思いつきますが、子どもだけという逆のケースはどうでしょう?

 すぐに思い浮かぶのはヴェルヌの『十五少年漂流記』(原題によれば『二年間の休暇』)。無人島に漂着した子どもたちが力を合わせて生き延びます。これに異を唱えたのがゴールディングの『蠅の王』。同じように無人島で生きることを強いられた子どもたちはエゴや権力欲のため悲劇的な結末を招きます。人間はどこまで崇高なものだろうかと、ゴールディングは問題を投げかけたわけです。いわばアンチ「十五少年」。

 この問題に劉慈欣なりの答えを試みたのが『超新星紀元』だと見ました。『蠅の王』については作中でも言及されています。

 ただし、状況はずっと大きなスケールで展開。地球上の大人がすべていなくなり、子どもばかりになってしまうのです。

 いったいどうすればそんなことになるのか? 劉慈欣はSF作家として知恵を絞ったにちがいありません。その仕組みを見てみましょう。

 タイトルからも想像がつくとおり、原因は超新星爆発。地球からわずか8光年のところに終末期を迎えた巨大な恒星があり、両者の中間には宇宙塵で出来た雲があって光が遮られているというのです。その星が超新星爆発を起こすと非常に強い放射線が拡散し地球に到達します。地表での光の強さは太陽の2倍。「宇宙の巨大な電灯がなんの前触れもなく点灯したかのよう」で、人々の目を眩ませ、あとには満月よりも明るく輝く星雲が残ります。人間への後遺症はさらに深刻で、強力な宇宙線は遺伝子を傷つけ、人々の余命は1年以内となってしまうのです。

 ただし、13歳以下の子どもには回復力があり、ほぼ全員が宇宙線の影響を乗り越えることがわかりました。大人たちは1年をかけて子どもたちに知識と技術を教え込み、地球文明を受け継がせようとしますが……。

 こうして全地球規模の「十五少年」状態が出現、子どもによる文明が築かれてゆくことになります。設定されている時代は21世紀初頭。「終わったばかりの千年紀に、人類文明は核分裂と核融合が生み出す巨大エネルギーを制御できるようになっていたし、シリコンチップ内部に閉じ込めた電子パルスを使って複雑な思考機械を製造していた」という記述があります。そして新たな文明で重要な働きをするのはネット通信とAI。中国の子どもたちは両者の力を借りて意見を集約し、合議で国のあり方を決定します。

 この点で劉慈欣はヴェルヌともゴールディングとも違う「十五少年」を目指しました。その際に重視されるのは、子どもならではの趣味思考。大雑把にいえば、子ども文明は「お菓子」と「遊び」によって方向づけられるのです。具体的にどうなるのかを述べる余裕はありませんが、読んでいるうちに、これは劉慈欣なりの人間論であり、中国論であり、さらにはアメリカ論であると思いました。小説の後半ではアメリカと中国が世界の主役になってゆくのですが、現在の米中関係を照らし合わせると興味深いものがあります。

 本書が発表されたのは2003年。最初の原稿が書かれたのはそれより3年余り前、劉慈欣が26歳の時だったそうです。内容的には事態の推移を積み重ねることが主体で小説としては未熟ですが、巨大なテーマに真っ向から立ち向かい、とんでもないアイデアで乗り越えてゆくという彼の才能は存分に発揮されています。原石の魅力十分の意欲作。

 宇宙で漁業をする女性カップルを描いてきた小川一水『ツインスター・サイクロン・ランナウェイ3』(ハヤカワ文庫JA)はこれにてめでたく完結した模様。

 宇宙船の操縦が得意なダイオードは小柄。その宇宙船を“デコンプ”と呼ばれる特殊技能で自在に変形させるテラは大柄。この凸凹コンビが、女性同士の愛を認めない故郷の星を飛び出し、銀河のメインロードで自分たちの幸せを求めるというのが全体のあらすじ。デコンプで操る昏魚ベツシユという謎の生きものなどがはびこる遠未来の宇宙がどんなものか。読み解くと色々おもしろいものが出てきそうですが、あとはウェブコミックで読むことになるのかな。

 伊野隆之『ザイオン・イン・ジ・オクトモーフ イシュタルの虜囚、ネルガルの罠』(アトリエサード)は〈エクリプス・フェイズ〉というゲームの世界観をもとにしていますが、このゲームに疎い私でも、独立したSFとして十分に楽しむことができました。

 肉体を失った人間の意識が、大型化したマダコの義体モーフにアップロードされ、金星で知性をもつカラスにいじめられる──この設定だけでも、ただならぬものが伝わってきて笑えます。戯画化されたカフカ的宇宙SFか。

 伊野さんは『樹環惑星―ダイビング・オパリア―』で第11回日本SF新人賞を受賞。現在はタイに居を構え、各種アンソロジーやネット媒体でSF活動を展開しています。