今月のベスト・ブック
『宇宙探査SF傑作選 星、はるか遠く』
フレッド・セイバーヘーゲン
キース・ローマー他 著
中村融 編
創元SF文庫
定価 1,320円(税込)
今、ここではないどこかで、何かとんでもないことが起こっている。そんな妄想がSFの原点なので、地球から遠く離れた宇宙を舞台とした作品こそがSFの王道だといってもいいでしょう。実際、戦後、海外SFが紹介され始めた頃に出た『宇宙の妖怪たち』や『宇宙恐怖物語』といったアンソロジーが、そのタイトルも含め、SFのイメージ形成に大きく寄与したのではないかと愚考します。
新たな宇宙SFのアンソロジー『星、はるか遠く』を読むと、やはりこれがSFの中心なんだよなあと感じます。といっても、収録作は1950年代のものが3編、60年代が4編、70年代が2編と、先に挙げたアンソロジーより少し時代が下っていて、40~50年代のいわゆるSF黄金期のものに比べるとひとひねりされた感覚が伝わってきます。
その代表がデイヴィッド・I・マッスン「地獄の口」。極地探検の様子を丁寧に描いており、地面に生える植物、移動する動物たち、太陽や雲、風の吹き方など、いかにも見慣れぬ地を前進してゆく様子が伝わってきます。やがて地面の傾斜が下向きに大きくなってゆき、斜面を下るというよりは、崖を下降しているようなありさまに。それに伴って高度も下がり、海抜マイナス2000メートル以下を記録してしまいます。それでも探検隊は停まらない……。
限度を超えて地の底を目指す探検行は、エベレスト登頂をひっくり返したようなものでしょうか。そして、たどり着く地底には何があるのか?
驚き、あきれ、最後は突き抜けた爽快感が広がります。地質学的、物理的構造は無視。ひたすら穴の底への描写に徹しているところがSFを超えたSFという感じなのです。
巻頭のフレッド・セイバーヘーゲン「故郷への長い道」は、ある意味、これとは逆方向の、とんでもない驚きをもたらします。太陽系のはずれで遭遇した、針のような形状の巨大な構造物。それは2000年ほど昔に就航した貨物宇宙船のコンテナだった……。
この細長いコンテナの内部に侵入すると、そこには生き延びた人々が居て、いったい何をしているのかを解明するという物語ですが、途方もないとしかいいようのない彼らの偉業には脱帽するしかありません。
編者が表題作としたかったというコリン・キャップ「タズー惑星の地下鉄」といい、ジェイムズ・ブリッシュ「表面張力」といい、展開される情景の斬新さ、わくわく感は、半世紀前、宇宙に関する情報がまだ限られていた頃だったがゆえでしょうか。最近は、宇宙SFといっても舞台となる恒星や惑星の新奇さを取り込んだものが少ない印象があるだけに、こうした作品の魅力にあらためて注目したくなります(紹介作はすべて中村融訳)。
続いては中国SFアンソロジー。立原透耶編『宇宙の果ての本屋 現代中華SF傑作選』(新紀元社)は、2020年に出た『時のきざはし』の続編ともいうべき1冊。15人の作家の短編が収録されています。『時のきざはし』と重複する作家もいて、併せて24人の現代作家が紹介されたことになりますが、劉慈欣ら登場しない作家もいることを考えると、中国SFの活況ぶりが窺えます。
中国ならではの題材がアイザック・アシモフのロボットものと融合しているのが韓松「仏性」(上原かおり訳)。チベットの地熱地帯に向かっていたエンジニアたちの乗る車が、旅の途中、吹雪のため仏教寺院に避難します。そこの住職である広智リンポチェは「外見からはロボットであることはわからない。彼は赤い袈裟をまとい、見目よく鋭敏そうな若者であった」。冗談のようでありながら、人間とは何か、信仰とは何か、生命とは何かといったところを巧みに衝いてきます。
陸秋槎「杞憂」(大久保洋子訳)も、有名な故事にもとづく中国ならではのSF。「天が落ち、地が崩れる」という怖れは実はどこから来たのか。真相(?)が伝奇的な語り口で明らかにされており、愉快です。
個人的にいちばんの出来だと思ったのは王普康「水星播種」(浅田雅美訳)。金属が溶解する環境のもとで繁殖する「金属生命」の種子を水星に運び、昼間の温度が450度にも達するそこの表面で進化させるというアイデア。遠い未来にまで至る顛末が、人間と水星人たちの行動とを交えて描かれます。
総じて、アイデアの斬新さに自信をもって書いたものが多いという印象で、ジャンルの勃興期に見られるエネルギーが伝わってきます。そういう意味では、最初の宇宙SFのアンソロジーと似た魅力をもっているといえそう。あと、猫好きだった小松左京さんへのトリビュート、程婧波「猫嫌いの小松さん」(立原透耶訳)が載っているのもうれしい。
デイヴィッド・ウェリントン『妄想感染体〈上・下〉』(中原尚哉訳/ハヤカワ文庫SF)は宇宙空間を舞台にしたSFホラー三部作の第一部。
この作家は妙に気になる人で、前作『最後の宇宙飛行士』も本格的なファーストコンタクトものかと思いきや、グロテスクなB級ホラーになってしまい、その落差がかえって楽しかった記憶があります。今回も異星へ植民する宇宙SFに見えるものの、本質はぐちょぐちょネトネトの描写を思いっきり展開するところにありそう。とはいえ、そのための仕掛けも気になります。続きが読みたい。