今月のベスト・ブック

装幀=坂野公一(welle design) 装画=赤

『新しい時代への歌』
サラ・ピンスカー 著/村山美雪 訳
竹書房文庫
定価1,650円(税込)

 

 え、これいつ書かれたの? と原書の出版年を見返してしまったのが、サラ・ピンスカーの最初の長編『新しい時代への歌』

 というのも、内容がコロナ禍の世の中をそのまま反映しているかのようだから。「ポロック」と呼ばれる致死率の高い感染症と無差別テロのため、人々が集うことが禁じられた近未来のアメリカを舞台に、ライブ活動が出来なくなったロックミュージシャンの苦闘を描く、とでもまとめればいいのでしょうか。テロは起きなくても、感染症だけでこの小説のような世界になってしまうではないですか、と思わずにはいられません。

 で、最初の疑問が湧くわけですが、本書が米国で出版されたのが二〇一九年九月。二〇年のネビュラ賞長編部門を受賞しています。

 一方、最初のコロナ患者が中国で報告されたのが一九年末。二〇年になって各国に飛び火しパンデミックに至ったので、これは完全にコロナ以前の作品なのです。「予言の書」と騒がれたのも当然でしょう。

 人が集まることが禁じられたのは、ある時、米国中のホテルや劇場、スタジアムといった大規模施設に爆破予告が届いたことから。予告は見せかけでなく、実際、野球場で大規模な爆発が起こる。

 二度目の爆破予告があちこちに来て、大統領は国民に公共の場所へ出かけず自宅で待機するよう呼びかけます。その時、主人公ルースのバンドはツアー中、すでにその夜の演奏準備にとりかかっていた。ステージを強行するか否か。メンバーは判断をルースに委ねます。彼女は、足を運んでくれたわずかな人々のために演奏することを決断。二千人収容の会場に客は五〇人。これがアメリカにおける「最後のコンサート」となったのでした。

 これだけではどこがSFなのかということになりますが、もう一人の主人公ローズマリーが暮らす世界を見ると、近未来社会のリアルなあり方が浮かび上がってきます。

 最初の爆破テロから数年後、同時期に広がったパンデミックのせいもあって、「参集規制法」が維持されている。テロも感染症も落ち着いているものの、人々は自宅にこもりがち。生活に必要なもののほとんどをネット注文とドローン配送で済ませています。二十四歳のローズマリーは自宅の農場で両親と暮らしながら、広範なネットサービスを独占的に展開する企業スーパーウォリーの一員として働いている。仕事は「フーディ」と呼ばれる端末を使っての在宅勤務。

 詳しい説明はないのですが、フーディはパーカの異称なので、フード付きの上着のようなものなのでしょう。それにたぶんゴーグルやヘッドフォン、マイクがセットされていて、着用すると仮想空間に入ることができる。その「フーディスペース」の事務所でローズマリーはアバターの姿をとり、顧客からの相談を受けて問題を処理している。六年の経歴を誇る腕利きなのです。

 設定の説明が長くなりますが、スーパーウォリーの顧客のひとつにスーパー・ホロ・ライブ(SHL)という会社があり、仮想空間でのライブを中継するサービスを行っています。ライブストリーミングの3D版といえばいいでしょうか。フーディを着用するだけで、観客はアバターとなって臨場感たっぷりのステージを楽しむことができるのです。

 というところでようやくルースとローズマリーが出遭うお膳立てができました。物語はSHLに転職したローズマリーがミュージシャンのスカウトとして働くうち、民家の地下でルースが密かに開催しているコンサートを見つけるところから動き出します。出演者のうちの目ぼしいミュージシャンをピックアップしてSHLへ推薦すると、秘密のコンサート会場には警察の手入れがあり、ルースは活動拠点を失ってしまう。背後には自社の事業拡大を目論むSHLの卑怯な通報がありました。カネになる音楽はすべてSHLの配信に取り込もうというのです。

 ライブの力を信じ、地下活動を続けるため旅に出るルース。贖罪したいと願いつつもSHLを離れることなく、新たな音楽活動の場を築くことが出来ないかと模索するローズマリー。二人の軌跡を追いながら、物語は表現における自由の尊さを謳い上げてゆきます。ちなみに作者はシンガーソングライターでもあり、ライブ活動も行っているとか。

 また、作品には何度かセックスシーンが登場しますが、それらがすべて女性同士のさっぱりしたものであるのも印象的。魅力的でたくましい女性たちが活躍するのは、いかにも今日のアメリカSFだといえるでしょう。

 残る紙数がわずかになりました。『時間の王』(稲村文吾・阿井幸作訳/早川書房)は中国の新鋭・宝樹の時間SFを集めた短編集。三国志でお馴染みの曹操に自社のラーメンを食べさせて宣伝材料に、という「三国献麺記」を始め、タイムトラベルものを主体とする七編。ユーモラスであったり、ロマンチックであったり、すんなり親しめる作風です。

 門田充宏『蒼衣の末姫』(創元推理文庫)はきっちりと作り込まれた異世界ファンタジー。巨大なムカデのような怪物や、飛行船のように空に浮かぶ虫、照明器具となる虫など、異様な生態系の中で、砦を築き、やっと生きながらえる人々。怪物の囮とされた姫は、一人の少年との出会いによって新たな運命を切り拓く。綿密な描写が圧倒的に迫ります。