今月のベスト・ブック

装画=森優
装幀=早川書房デザイン室

『陽の光が消えた町で』
ナオミ・クリッツァー 著
桐谷知未 訳
早川書房
定価 2,970円(税込)

 

 AIとの付き合い方が問題になっています。単に知識を提供してもらうだけでなく、生き方の相談相手として頼る人が増えてきているようです。

 AIはネット上のさまざまな情報を適切な文脈に沿って投げ返してくるわけですが、そこには微妙な匙加減があって、相談者の気分を害さないよう迎合する性質が加味されています。シビアな意見が欲しい場合は、その旨、前もって指示する必要があるのだとか。

 

 6つの中短編を収めた『陽の光が消えた町で』の著者、ナオミ・クリッツァーは同時代を舞台に身近な出来事をSFに仕立てるのが得意なようで、AIに関しても印象的な作品を書いています。「アルゴリズムでよりよい生活を」はその見事な例。ここではAIが人間のよき相棒として登場します。

 

 作成元が不明なAIが広がったのが話の発端。「アベリーク」というそのソフトは、主人公の女性に、早起きして出社前に絵を描くことを勧めたり、クローゼットに溜めこんだ明るい色の服を着るようにアドバイスしたりします。言うとおりにすると、主人公は気分がよくなり、生活も健康的に。人間に幸せをもたらすAIなんですね。

 いったいどうすればAIにこんなことが可能なのか? そのあたりを考えさせるのが著者の狙いなのでしょう。

 

 AIを扱った傑作がもうひとつ。「報酬は猫の写真で」は、AIが一人称で人間との関係を語ります。このAI、とてもチャーミングで、誕生した瞬間から猫の写真が大好物。ユーザーからの報酬として写真を欲しがるのです。そのため、人間にせっせとアドバイスを送り、行動にさりげなく干渉するなどして、より良い生活を送るよう仕向けるのですが、なかなか意図するとおりにはなりません。その原因となる人間のこだわりと、AIの幅広い視点を対比したこの作品は著者の出世作となり、ヒューゴー賞とローカス賞の短編賞を受賞、ネビュラ賞でも最終候補作品となりました。これだけでなく、収録作のどれもが高い評価を得たものばかり。何らかの賞を受賞したり、最終候補になったりしています。

 

 解説の山岸真さんによれば、著者は「いまいちばん人気の高いアメリカのSF作家のひとり」だとか。ここではAIものを紹介しましたが、デザスターSFやミュータントSFなど、なじみのテーマが親しみやすい語り口で提示されていてどれも読みやすい。珠玉作を集めた日本版オリジナル作品集です。

 

『ゲノム・トーカー』(創元SF文庫)を刊行した林譲治さんは半年ほど前に『地球壮年期の終わり』(早川書房)を出したばかり。旺盛な執筆意欲に感心しますが、2作は関連した1セットといえる側面も持っているんですね。『地球壮年期――』は少しSFの知識がある人ならすぐわかるとおり、アーサー・C・クラークの名作『地球幼年期の終わり』をもじったタイトルで、内容は、異星人が地球を「侵略する」ために来訪し、現代社会のあり様を調査するというもの。文明の進んだ異星人から見て、現今の人類がいかに混迷し、衰弱に向かっているかを示したものとなっています。林さんによる現代文明批判の書ともいうべき1冊。

 

 一方の『ゲノム・トーカー』は、木星に向かった無人探査機が漆黒の巨大な葉巻型宇宙船と遭遇。その宇宙船から発せられる信号は16000年前の人類のゲノム情報だったというところから話が始まります。宇宙船の正体とゲノム情報の謎をたどり、異星人とのコンタクトへと進む手続きは林譲治ならではの丹念なもので読み応え十分。そして、明らかになる異星人の正体とその役割こそが『地球幼年期の終わり』を思わせるもので、ついついニンマリしてしまいました。

 どちらを先に思いついたのかはわかりませんが、いずれもクラークのSFへのオマージュであることは間違いないでしょう。

 

 韓松かんしよう『悪夢航路』(山田和子訳/早川書房)は一昨年秋に翻訳された『無限病院』に続く〈医院〉3部作の2作目。第1作と同じ主人公・楊偉ヤン・ウエイが登場し、今回は年老いた病人となって巨大な病院船に収容されます。しかし、彼にはここに至る記憶もなければ、その理由もわかっていません。とにかく突然、目覚めた病室で奇妙なルールに翻弄されながら日々を過ごすしかないのです。

 

『無限病院』では医師が一定の権力をもっていましたが、ここでは患者たち自身による病院運営がなされているらしく、牢名主のような存在のもと、互いに痛めつけたり、助け合ったりして暮らしています。全体を管理しているのは「司命シー ミン」と呼ばれる人工知能。しかし、その背後にはさらに「プロフェッサー・エターナル」なる謎の存在がいて、楊偉は“彼”から特殊な治療を施された特別な存在であることがほのめかされます。

 

 患者たちが行う船内ツアーに参加することで、楊偉は病院船の成り立ちや存在理由を知るわけですが、いやもう、次から次へと繰り出されるぶっ飛んだ発想とグロテスクなイメージには圧倒されるのみ。それらはすべて著者が生きる現実と結びついているのかもしれませんが、船内の様子をあきれながら眺めてゆくだけでも一読の価値があります。

 第1作のプロローグで提示された「仏教的宇宙像」とこれらがどう結びつくのかも興味津々。第3部の翻訳が楽しみです。