今月のベスト・ブック

装画=寺田克也
装幀=岩郷重力+A.T

『〈ファインダー・ファーガソン〉巡航船〈ヴェネチアの剣〉奪還!』
スザンヌ・パーマー著
月岡小穂 訳
ハヤカワ文庫SF
定価1,760円(税込)

 

『星の航海者1 遠い旅人』(創元SF文庫)は、笹本祐一の新作宇宙SF。オープニング――というよりプロローグというべきかもしれません。物語そのものは何も始まらず、そのための設定がじっくりと語られます。

 この作品が立ち上げられた意図が興味深い。宇宙SFにつきものの超光速やワープ航法、さらには宇宙人といった、現在まだ不可能な技術や未知の存在ぬきで宇宙SFを書いたらどのようなものになるか? 作者あとがきには「今、できるだけのすべての技術をもって精一杯がんばった場合、我々はどの辺りまで行けるのか」という問いに答えてみようと考えて本作にとりかかった、とあります。

 まず登場するのは「恒星間記録員」という肩書をもつ女性メイア。宇宙船で冷凍睡眠から覚めようとして「……あと5分」と寝ぼけまなこでつぶやくのが、この作者らしい日常性に満ちた描写。このメイアがこれからの案内人となるのでしょうね。

 彼女はクジラ座τタウ星の第5惑星を目指しているところ。地球から12光年の場所にあるこの星は、人類が進出する可能性がある惑星の筆頭候補として知られていますが、この小説では、ここに人類が居住してすでに6世代が経過しているという設定。この星でメイアを待ち受けるのは宇宙旅行なぞまっぴらという「惑星記録員」の女性ミランダ。

 ――というのがこの巻のあらまし。というか、ほぼすべてです。あとはレポーターであり記録員であるメイアが取材によって学んだ恒星間宇宙船の建造、冷凍睡眠、恒星間ネットワークの構築などといった宇宙開発技術の話題が提供されます。こうしたことに関心をもつ作者のエッセイとして読むことも可能でしょうし、従来の愛読者にとっては、以前の作品とのつながりを想像するのも楽しみ。この先の展開が待たれます。

 ワープや宇宙人を封印した「禁欲的」な世界があるかと思えば、真逆の「やり放題」の世界があるのもSFの楽しいところ。スザンヌ・パーマーの第1長編『巡航船〈ヴェネチアの剣〉奪還!』には、ワープ航法も宇宙人も登場し、遠い宇宙がまるですぐにでも行ける(といってもちょっと苦労することは覚悟しなければなりませんが)、スリルと娯楽に満ちたテーマパークのように感じられます。

 主人公は一匹狼のタフガイ。〈捜し屋〉フアインダー・ファーガソンと自称し、宇宙のあちこちでお宝捜しをしているらしい。今回、出かけてきたのは「銀河系の渦状腕の端に位置する崩壊寸前の」星系。中心にリング型宇宙ステーションがあり、まわりを「廃鉱になった小惑星や、廃棄船、ビルほどの大きさのドラム缶の寄せ集めなどから造ったスペースコロニーが」雲のように取り巻いています。そうしたコロニーはケーブルで結ばれて互いの位置関係を維持しており、そのケーブルを伝ってガタゴトと走る交通機関もある。そしてそのケーブルカーの中で、ファーガソンは地衣類の農場を経営する老女と知り合います。ところが、名乗り合ったかと思う間もなくケーブルカーが爆破され、老農場主は死んでしまうのです。直前、彼女は、自分が悪辣なスクラップ業者ギルガーに狙われていると語っていたのですが、そのギルガーこそ、ファーガソンが捜す宇宙船〈ヴェネチアの剣〉を盗んだ男にほかならなかった!

 ということでファーガソンは、農場の娘(もしくは老女のクローン?)のじゃじゃ馬マリとともにギルガーとの戦いに乗り出さざるを得なくなり、ややこしい構造のスペースコロニー内部や宇宙空間で冒険に次ぐ冒険を繰り返して九死に一生を得たり、あるいは本当に死んでしまったり(?)するのです。

「本当に死んでしまったり(?)」と書いたのは、ここに正体不明の〈アシイグ人〉なる宇宙人が絡んでくるから。この存在がいかにも辺境宇宙のSFという趣を盛り上げます。

 すぐにおわかりのように、ストーリーは昔ながらのホースオペラ(西部劇)をそのまま引き継いだスペースオペラ。娯楽SFの王道であります。しかも主人公にとって特別な存在となりそうな巡航船〈ヴェネチアの剣〉とは出逢ったばかり。カウボーイと名馬のような関係になるのでしょうか。こちらも次の展開が楽しみです。

 昨夏、伴名練編『新しい世界を生きるための14のSF』(ハヤカワ文庫JA)の収録作として「回樹」を簡単に紹介しましたが、同作を収めた斜線堂有紀の短編集『回樹』(早川書房)が刊行されました。当該作を巻頭に、続編となる書き下ろし「回祭」を巻末に置いて、残る4作品を挟むという構成。

 再読になりましたが、表題作がやはり最も印象的。秋田の湿原に突如出現した全長1キロほどの「回樹」は「空を切り取って固めたよう」な薄青色をした人型の物体。人間の分析を拒みつづけていたが、ある時、回樹の研究に挑んでいた学者が持病の発作のため、その場で死んでしまう。回樹は「こぉん」という音とともに遺体を吸収してしまった……。

 謎の物体が人々の心と行動にどのような影響を与えるのか。それを追究するのが作者のSFの真骨頂のように見えます。収録された6作のうち5作までが、何らかの意味で人の葬送にまつわるテーマを扱っているのも、その表れではないでしょうか。残る1編「奈辺」は、黒人差別が激しかった頃の米国に緑色の肌をした宇宙人が出現するという異色作。