今月のベスト・ブック

装画=真鍋博
《星新一『ひとにぎりの未来』(新潮社)表紙原画》
(1969年 愛媛県美術館蔵)

『星新一の思想 予見・冷笑・賢慮のひと』
浅羽通明 著
筑摩選書
定価2,200円(税込)

 

 星新一は「ショートショートの神様」として、今でも多数の読者を持つ。一方で生前の素顔を知る人たちは、歯に衣を着せぬ彼のもの言いや突拍子もないジョークにあきれ、笑い転げたことを語り継いでいます。1997年に亡くなられる前、さいわいなことに私も何度か星さんの謦咳に接する機会を得、常識破りの言動の一端に触れて「神話」どおりの人だなあと実感したことでした。

 そうした態度は、自分が直接見知ったことに基盤を置き、そこから発する素直な感想を口にするという星さんの性格を反映しているように感じました。そしてそのようなものの見方が作品の斬新さ、時代を超えた真実に迫る力を生みだしているのではないか、とも。

『星新一の思想』の著者・浅羽通明はさらに1歩踏み込み、「星新一の諸作品やエッセイや奇行伝説」はアスペルガー症候群を思わせると書きます。「場の空気が読めない、相手の顔色が読めない」ため、あたりを憚らない行動をとってしまう。そのような発達障害の傾向があったかもしれないというのです。

 うなずける指摘です。裏付けとして、浅羽さんは星さんが戦時中に入学した旧制高校での体験を挙げます。1年間、寮での相部屋生活が義務付けられていたのですが、他人と協調することが出来ず、我が道を行く星さんにとってそれはどれほどつらいことだったか。「不愉快きわまることばかりで、いまでも眠る前に思い出し、頭がかっとなったりする」と、あるエッセイに記しているそうです。そして、この時期について触れているのは、この一文のみだとか。思い出したくもない経験だったのでしょう。

 ただし、浅羽さんの星新一論は病跡学的分析にとどまっているわけではなく、ここが出発点。こうした気質を持つ作家がどのような偉業を成し遂げていったかを、精細に、説得力をもって解き明かしてゆくのです。1人ひとりの個性を描かず「エヌ氏」として一般化された主人公が、普遍的なヒトになり得たこと。パンデミックが到来し、コンピューターネットワークが実現した社会を予見し得たこと。人類や地球の生物が死に絶えた世界をも「幸せな終末」と見る絶対的相対主義の視点を持ち得たこと。コンテストで他の審査員が誰も認めなかった新井素子の天才を見抜き得たこと……。

 星新一の遺した著作のすべてに何度も目を通し、内容を腑分けし、傾向ごとにまとめた上での「思想」の追究はぞくぞくする知的興奮を巻き起こします。そしてもう一度、星新一を読み直したくなる。見事な評論であり、読書案内となっています。

 第4回韓国科学文学賞長編部門大賞を受賞したチョン・ソンラン(千先蘭)『千個の青』(カン・バンファ訳/早川書房)は、競走馬のジョッキーに特化したアンドロイドと女子高生の交流を主軸とした近未来SF。

 女子高生にコリーと名づけられるアンドロイドは製造過程で間違ったチップが組み込まれ、ロボット離れした性格となっています。レース中、自分の乗った馬、トゥデイの体が限界に来ていることを知ると、負荷を減らすと同時にレースから外れさせるため、自ら落馬して後続の馬のひづめにかかって下半身がズタズタに壊れてしまうのです。

 一方の女子高生、ヨンジェは競馬場近くの食堂の娘。姉は病気のため車椅子生活だが、馬好きで競馬場に入り浸っている。彼女を追って厩舎に入ったヨンジェはそこでコリーと出遭う。ロボット作りの天才といっていい彼女は、コリーを直そうと決意したのだ。

 競馬SFになるのかと思って読んでゆくと、かなり違った様相を呈してきます。学校では1人ぼっちのヨンジェ。強引に接近してきて友だちになろうとする同級生のジス。姉のウネと2人の母親ホギョン。こうした女性たちの肖像が詳しく描かれ、希望と失望、互いの関係などがじわじわと伝わってくるのです。韓国女性のあり方を浮き彫りにする小説といえるかもしれません。そして最後には、トゥデイとコリーの運命の行く末が。

 馬やアンドロイドを含め、登場するキャラクターの造形の深さが魅力的。良い物語を読んだという感動が湧きました。

 毎年恒例の国内アンソロジーが2冊。

『創元日本SFアンソロジーIV 時間飼ってみた』(東京創元社)は、《Genesis》シリーズの最新刊。小川一水、川野芽生、宮内悠介、宮澤伊織らの書き下ろし8編と鈴木力のエッセイを収録しています。

 中でも目を引くのは、先月、当欄で『残月記』を紹介した小田雅久仁さんの中編「ラムディアンズ・キューブ」。やや肩の力を抜き、笑いも取る方向で挑んでいると思いますが、物語のとんでもなさはいつも以上。世界各地に”ラムディアンズ・キューブ”と呼ばれる正体不明の立方体が出現。1辺2.3キロあまりで下4分の1ほどは地中に埋まったキューブは虹色に渦巻く面で地表の都市と住民を閉じ込めてしまう。日本の越川市に出現したキューブの内部で何が起こったか。『首都消失』か『エイリアン』か『寄生獣』か『ウルトラマン』か……?然呆然の展開です。

 大森望編『ベストSF2021』(竹書房文庫)は、2020年の国内SFのベスト集成。新鋭から中堅、ベテランまで11人の作品と、編者による詳細な年間総括が収められています。ファン必携。