今月のベスト・ブック

装画=とり・みき
装幀=新潮社装幀室

カーテンコール
筒井康隆 著
新潮社
定価 1,870円(税込)

 

 筒井康隆は1934年9月24日生まれ、現在89歳。

 女性には100歳になられた佐藤愛子さんがいるし、男性でも辻真先さんは91歳。お元気な方は他にもいらっしゃいますが、現役作家として次々と新作を発表し続ける筒井さんには驚かされるばかり。『カーテンコール』はここ3年間の25作を収めた短編集で、7ページ前後の掌編が並んでいます。

 高齢の作家に興味をもつのは当方が馬齢を重ねつつあるせいもありますが、晩年を迎えた作家にとって創作はどのような意味をもつのか、知りたいという気持ちの方が強い。先号で取り上げたジーン・ウルフの『書架の探偵、貸出中』は87歳で亡くなったウルフの遺作ですが、自らの創り出した世界に遊び、慰めを得ている感じが伝わってきて、こういうのもいいなあと思ったことでした。

『カーテンコール』の中にも、そんな趣きのものがあります。夜の酒場の光景を描いたものに多いかな。「お時さん」は、勤め帰りの公園の森の中で見つけた店で、もてなし上手な女主人と再会する話。「文士と夜警」では、執筆に行き詰った作家がいきつけの店で気分転換を果たし、さらなる展開を発見する話。ラストの幻想的な出来事が楽しい。

 田辺聖子さんが筒井さんを評して言った“いちびり”ぶりも健在。〈店は開けたしコロナは怖し〉と始まる「コロナ追分」では、ワクチン・時短要請・無観客オリンピックと続いた世相を茶化し、〈文学やるなら常識捨てて、世間の糾弾身に引き受けて、何でも書くのがまともな作家〉と尻をまくってみせます。この傾向が淫靡な、しかし上品な方向で出たのが「夜は更けゆく」か。外出もままならぬ世相のもと、年頃の兄妹が2人だけで不穏な夜を迎えます。

 ギャグでは、○○山××寺という山号寺号をもじった付録が愉快。〈自画自賛大恥〉、〈お嬢さんもじもじ〉と言葉遊びを楽しむ中で〈星さん切れ味〉、〈小松さん大味(こら!)〉などとも。「こら!」は小松左京さんが笑いながら怒っている様子を活写していて、「プレイバック」で自作や知り合いを回想し列挙する中でも使われています。

 そのほか、けなげなお手伝いさんを描いた「お咲の人生」では、一転、しんみりさせてみたりと、幅広く面白さを追究する精神は溌溂たるもの。「晩年を迎えた作家」などと考えたこちらが恥ずかしくなりました。

 ちょっと紹介が遅くなりましたが、ジョン・スコルジーの新作『怪獣保護協会』(内田昌之訳/早川書房)は、ゴジラに代表される日本映画の怪獣が登場するノリノリのエンターテイメントSF。原題も THE KAIJU PRESERVATION SOCIETY と、そのまんまです。

 就職したフードデリバリー企業で経営担当の新米社員として働いていたジェイミーは、合理化によってクビを切られ、金銭的に追い詰められた挙句、元の会社の配達員としてアルバイトをする羽目に。出だしのこのユーモラスな展開にうまくのせられたら、あとは一直線。

 ジェイミーは配達先で昔の知り合いと出逢い、「大型動物の権利を守る」NGOで働かないかと誘われます。守る大型動物が何かは秘密。どんな仕事をするのかも秘密。何もかも秘密のうちにグリーンランドにある古い米軍基地に赴き、原子炉で稼働される装置を通り抜けると、その先はジャングルだった!

 もちろんそこに怪獣がいて巨体を誇り、仲間同士で戦っていたりするわけです。ジェイミーたちの仕事は怪獣の繁殖を手助けしたり、こちら側の世界へ入って来るのを防いだり、逆にこちら側の人間から怪獣を守ったりすること。原子力を生理的反応に取り込んでいる怪獣のヤバイ生態が見ものです。

 特撮怪獣映画の魅力は、洋の東西を問わずオタクの心をとらえているのだと実感しました。今年度ローカス賞SF長編部門受賞。

 さて、ノリの良さで負けていないのが、宮澤伊織『ときときチャンネル 宇宙飲んでみた』(東京創元社)。ユーチューブの生配信の模様を、軽快な語り口そのままに記録したという体裁の新感覚ハードSFです。

 ちょっと覗いてみましょう。

「皆さんこんにちは、《ときときチャンネル》です! このチャンネルは、わたし十時とときさくらが、同居人の天才科学者、多田羅たたら未貴みきさんの部屋にとつしたり、発明品を紹介したりする、そういう感じの配信してます!」

 というわけで、さくらがカメラを抱え、居間の向かいにある多田羅さんの部屋へ行くと、そこでは物理的、数学的にぶっ飛んだ実験が行われています。「宇宙飲んでみた」ではマグカップにまっ黒な液体のようなものが入っていて、多田羅さんがいうには「宇宙」なのだとか。超臨界流体(?)になっているという宇宙をさくらが飲んでみると、自分が宇宙に溶けてゆく感覚があって究極的なことが「わかる」状態に。

 言葉ではよくわかりませんが、物理学や数学のややこしい話を見聞して、頭がふにゃふにゃして、でもなんだか凄いらしいという感じが伝わってくるようなこないような。いやぁ、不思議なものを読んだ気がします。テーマは他に時間の結晶化とか、空間の変換とか、「存在の蓋然性の波長を変えて(?)」別世界を覗いたりとか。世の中には我々と違う世界を見ている人がいるようです。