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装画=浅野信二
装幀=柳川貴代+Fragment

最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選
ジェフリー・フォード 著
谷垣暁美 編訳
東京創元社
定価 3,850円(税込)

 

 5年前に出たジェフリー・フォード『言葉人形』は出色の短編集で、ここ何年かの作品集の筆頭に挙げたいほど強い印象を残しています。そのフォードの新しい短編集が、前回と同じく日本オリジナル版として刊行されました。

 谷垣暁美編訳『最後の三角形 ジェフリー・フォード短篇傑作選』(東京創元社)がそれ。『言葉人形』が広く幻想文学一般に当てはまる作品を集めていたのに対し、「今回はSF、ホラー、ミステリなどの各ジャンル色の比較的濃い(しかしあくまでもフォードらしい)作品」(編訳者あとがきから)14編を集めたということです。読んでいると、どれもが「これがこの本でいちばん」と思えてくるような傑作ばかりですが、とりあえずは冒頭の「アイスクリーム帝国」から。ネビュラ賞ノヴェレット部門受賞作です。

 音を聞いた時に光が見えるといった知覚異常をもつ人──共感覚者を扱った、ロマンチックでありながら恐ろしい小説。主人公のウィリアムは5歳の時、ビロードに触れると「天使の泣いている声が聞こえる」と言うようになり、子どもには完璧さを求める両親によって治療を受けさせられることになります。そして学校には通わず自宅で特別教育を。

 幼い頃から彼が才能を発揮したのは音楽、特に作曲においてで、音に映像を見るため、絵と音符、それに「リコリス」とか「タピオカ」といった注釈(色や味覚も感じるのでこれが必要)を加えた独自の楽譜を描くようになります。やがて音楽教師役の老婦人は指導の限界を感じ、ウィリアムの前から去りますが、その時彼は「先生の香水のライラックの香りが、オーボエが奏でるほとんど聞こえないくらい小さな変ロ音(シのフラット)としてぼくの周りに漂っていた」のを感じます。

 物語は、ウィリアムがコーヒーアイスクリームを口にした時、ひとりの少女の幻を見たことからさらに大きく動きだします。彼女に心を奪われた彼はコーヒーアイスクリームを食べては少女を見つめるようになり、その一方で作曲家としての道を歩んでゆきます。

 この物語がどのような結末を迎えるか。興味は大きく膨らみますが、文体も含め、小説そのものがどれほど豊かなイマジネーションを掻き立てるかは、私の拙い紹介からも伝わるのではないでしょうか。美しい奇想、先の読めない展開、見事な文体(と翻訳)。文句なしといいたい出来栄えはこの作品に限りません。小さな生きもの(?)たちが登場する「本棚遠征隊」や「ダルサリー」「イーリン=オク年代記」などの可愛いらしさは格別ですし、詩人のエミリー・ディキンスンが主役をつとめる「恐怖譚」のおぞましさと凜々しさも圧巻。表題作「最後の三角形」はミステリ仕立てのオカルトホラー。ヤク中のなさけない主人公が面倒見の良いお婆さんによってタフガイに仕立て上げられてゆくさまが可笑しく、カッコイイ。小説の持つ楽しさがぞんぶんに味わえる1冊です。

 宮内裕介『ラウリ・クースクを探して』(朝日新聞出版)を当欄で取り上げるのが適切かどうかはちょっと考えるところ。しかし作者はおもにSF畑で活躍しているし、「電子国家の実現」という未来っぽい社会改革を背景にしている点でも見逃すわけにはいかないと判断しました。何より作品が素晴らしい。

 あまり知られていないかもしれませんが、バルト三国のひとつエストニアは、行政サービスの99パーセントがオンライン化されていて、役所の手続きなどもチャットGPTのような感じで気軽に相談できるそうです。この作品は、そんな国に1人の人物を仮想し、生い立ちを描いたフィクション。

 母国がソ連邦の一員だった1977年にエストニアの片田舎で主人公のラウリは生まれます。パソコンのプログラミングが得意で、その縁によって進学。仲間と出逢い、ともにコンピュータ関係の仕事に就くことを夢見ます。しかしソ連の崩壊から母国の独立にいたる混乱は、ラウリの周辺にも深い傷を残します。華々しい将来が約束されていたはずの彼は消息不明に。そんな足跡を、1人のジャーナリストが追う形で物語は進みます。

 そっけないともいえる文体が描き出すのは無名の人物の伝記とでもいうべき1編。歴史の流れに翻弄される青春時代の友情がせつなく、美しい。

 林譲治『コスタ・コンコルディア 工作艦明石の孤独・外伝』(ハヤカワ文庫JA)はとある惑星の遺跡で見つかった白骨死体をめぐる考古学的宇宙SF。地球上での「失われた文明」を思わせもする設定が目を引きますが、その前に、副題にもあるように、これは『工作艦明石の孤独』という全4冊のシリーズ(ハヤカワ文庫JA、今年4月完結)からのスピンオフ。本家となる『工作艦明石の孤独』は本欄で紹介する機会を失しましたが、何百光年、何万光年というはるかな空間を瞬時に移動するワープ航法が宇宙文明にいかなる影響を及ぼすかを考察していて、ハードSFファンなら見逃すことができません。

 さて「外伝」。人類文明圏のトラブルを解決する役割の「調停官」が惑星シドンに赴き、未開の現地人と入植者の間にわだかまる緊張を解きほぐすというストーリーですが、前者は、実はワープ航法の事故により漂着した人類。彼らの過去に何があったのか。環境と文明の相互作用を解明する過程が興味深い。