今月のベスト・ブック

装画=YOUCHAN
装幀=bookwall

ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅
高野史緒 著
講談社
定価 1,870円(税込)

 

「ビブリオフォリア」という言葉は、たぶん、「ビブリオ(書物の)」と「ユーフォリア(多幸感)」を合わせた造語。「本が好きでタマラン」、「本があればシアワセ」といった境地を表しているのでしょうか。私のまわりにはそんな人が何人もいます。

 高野史緒『ビブリオフォリア・ラプソディ あるいは本と本の間の旅』は本や文芸に関する5編を収めた短編集。オビには「本好きの本好きによる本好きのための本!」とあります。といっても、ただただ本好きの喜びに満ちた作品ばかりではなく、どちらかというと怖いものの方が多いのです。

 冒頭の「ハンノキのある島で」は、自分の育った町に女性作家・久子が帰省する話。彼女はそこそこ名が売れていて、文学賞を獲った作品もあるものの、毀誉褒貶の激しい世界でどこまで自分に自信をもっていいのか、不安を抱えています。そんな久子が海と山のある地方都市でどんな行動をとったのか?

 ここで問題になるのは、久子が住む世界が現実とはズレており、本好きにとってはある種のディストピアとなっていること。その最大原因は「読書法」なる法律の施行。本文の説明によれば──〈新刊の「寿命」は6年が限界と定められている。それを超えた本は、古典指定、保存書籍指定のないものはすべて廃棄される。増刷は発刊後1年以内に4回まで〉ということで、一部の例外を除き、本は6年でこの世から消える。個人が所有する本も古書も図書館の蔵書もデータのコピーさえも、すべてが抹消されるのです。

 あり得ない極端な設定と思えるかもしれませんが、しかし現在、一部の売れっ子を除くほとんどの作家が、心情的にはこれに近い状態に置かれているのではないでしょうか。物語は読書法に反抗するさまざまな試みをたどり、久子が本に懸ける想いを浮き彫りにします。ブラッドベリの『華氏451度』を思わせるエピソードがあったりして、タイトルの「ハンノキのある島で」のもつ意味が判明するまで先の読めないスリリングな展開が続きます。

 この作品には無類の本好きが、久子の従弟・四郎として登場しますが、同一人物が巻末の「本の泉 泉の本」にも出てきて魔窟ともいえる古書店で本を漁ります。冒頭近くの描写──〈四郎はまず、天と地と小口のヤケを調べた。かなりひどくヤケている。日光によるものというより、紙が酸性紙だからのようだ。慎重に奥付のページを開く。擬音にするのも難しいくらいの微かな音が震え、ページはのどまで一気に開いた〉。古書好きの人はよだれを垂らしそうですね。

 謎の相棒と棚の奥へ迷い込むと、異様な時空での夢のような体験が待っています。盛りだくさんにちりばめられた架空の本の紹介も素晴らしい。これぞ本好きのユートピアであり、地獄でしょう。

 雑誌掲載のこの2作以外は書き下ろし。どれもファンタジーもしくはSFの要素をもつ傑作ですが、中でも「詩人になれますように」は、小説を読みなれた人でもびっくりするような特異作。どこが伏線でどこが独立したエピソードか見極めがつかないまま読み進めるうちに凄まじい光景を目にします。脱帽。

 日本SF作家クラブ編『地球へのSF』(ハヤカワ文庫JA)は『ポストコロナのSF』『2084年のSF』『AIとSF』につづく同クラブ編書き下ろしアンソロジー第4弾。地球を丸ごと思考の対象とする短編22が収録されています。いくつかご紹介を。

 春暮康一「竜は災いに棲みつく」は、遠未来のテクノロジーを扱うハードSFです。地球規模の災害を防止するため、防災用人工生命を創りだすという壮大なアイデア。

 笹原千波「夏睡」は「外界」から「都市」へ連れて来られた少女の回想。激変した地球環境に適応して生き方を変容させた人々の姿が浮かびあがります。驚異的な日常を、丁寧に、説得力をもって描く文章が素晴らしい。

 津久井五月「クレオータ 時間軸上に拡張された保存則」は気候変動による災害を、時代を超えたエネルギーのやりくりで解決しようという計画の顛末を、皮肉なエピソードとともに語っています。一種のタイムパラドックスものといえるでしょうか。

 櫻木みわ「誕生日アニヴエルセル」では、近江八幡市の90歳の老人と南フランスの9歳の少年が協力し合って、世界を襲う異変の原因を突き止めます。インターネット上の「ボトルメール」──瓶に入れた手紙を海に流す通信法──というアイデアが楽しい。

 収録作はどれも工夫が凝らされ、各作家の個性が感じられるものばかり。きっと気に入る作品が見つかると思います。

 津原泰水『羅刹国通信』(東京創元社)は一昨年、58歳で亡くなった鬼才が2000年から01年にかけて〈週刊小説〉誌に発表し、そのままになっていた作品。

 左右田そうだ理恵りえは両親、兄とともに暮らす高校1年生。12歳の時、叔父が転落死し、自殺とされたが、実は彼女が叔父の願望を察して崖から突き落としたのだった。そのことで彼女の額には他人に見えない角が生え、「羅刹国」に暮らす夢を見るようになる。

 精神に変調をきたした少女の日常を記したものとも、もっと普遍的な人間の闇の世界を描いた象徴的作品とも読めます。病んだ心と馴染んでいるように見える少女の生き方が興味深く、忘れがたい余韻が残ります。