今月のベスト・ブック

装画=鈴木康士
装幀=岩郷重力+WONDER WORKZ。

ぎんふうはんそう
宮西建礼 著
創元日本SF叢書
定価 1,870円(税込)

 

 新進SF作家・宮西建礼の経歴を眺めていたら「京都大学農学部資源生物科学科卒業」とあって「おや?」と思いました。というのも、今度出た『銀河風帆走』の表題作が第4回創元SF短編賞(2013年)を受賞して以来、著者は宇宙SFを得意にしてきたという印象があり、資源生物科学はやや肌合いが異なるように感じたからです。
 実際、本書の収録作を見てみると、私たちの銀河系がいずれブラックホールと化すことを知った人類が、自分たちの生存の証しを他の銀河系にまでなんとしても拡散させたいと願い、宇宙船と化した主人公たちを遥かな旅に送り出すという表題作はもちろん、書き下ろしの「星海に没す」も、他の恒星系に人類の“種子”を届けるために太陽系を飛び出した宇宙船が、地球からの“刺客”ともいえる宇宙船と戦う話で、どちらもバリバリの宇宙SF。後者は谷甲州の傑作『終わりなき索敵』を思わせ、個人的にぞくぞくしました。
 残る3作のうち「もしもぼくらが生まれていたら」では、日本近海に小惑星が落下し、大惨事が予想される中、危機を回避するための方策を高校生の男女3人が練ります。また、他のアンソロジーに発表された際に当欄で紹介した「されど星は流れる」では、コロナ禍のもとでアマチュア天文家たちが観測網を構築し、直接コンタクトできないというハンディを跳ね返しながら宇宙の神秘を探求していました。
 つまり、いずれも「星」とか「銀河」とかがキーワードとなる作品で、宇宙への憧れがダイレクトに伝わってくる好編ばかり。私の印象も的外れではなかったと思います。ただし、残るもう1作「冬にあらがう」は少し毛色が異なっています。
 これは、インドネシアで火山が大噴火して地球全体の気温が下がり、食糧危機に見舞われるというディザスターSF。主人公は生化学部の高校生・リッコで、仲間のミサと一緒にバイオエタノール燃料研究と称してドブロクを作ろうとして、アドバイザーのAI「パインちゃん」にたしなめられるような日々を過ごしています。しかし、食糧危機の到来を前に一念発起、これまで見過ごされてきた材料から食糧を生み出そうと努力を重ねます。
 ここでは確かに「資源生物科学科卒」という経歴が生かされるわけですね。京都大学の同科サイトにある「食用作物や他の資源植物、家畜や他の資源動物、海洋の魚介類や微生物といった多様な生物を(中略)様々な視点から研究している」という説明のうち、「他の資源植物」や「他の資源動物」といったあたりを深く追究するとどんなSFが成り立つかを実践しているといえそうです。
 宇宙にしろ、生化学や生物学にしろ、宮西さんのSFには科学的好奇心と探求心が若々しいドラマになっていて心地よい。寡作ではありますが、どんどん傑作を読ませてもらいたいものです。

 松崎有理は宮西さんと同じく創元SF短編賞出身者。こちらは2010年の第1回受賞です。東北大学理学部卒業。同大学をモデルにした、科学や数学の論文を代筆するお仕事SFのシリーズなどもあります。
『山手線が転生して加速器になりました。』(光文社文庫)は、タイトルどおりの短編など7編を収めた新作集。
 他の収録作のタイトルを並べると──
・未来人観光客がいっこうにやってこない50の理由
・不可能旅行社の冒険──けっして行けない場所へ、お連れします
・山手線が加速器に転生して1年がすぎました。
・ひとりぼっちの都会人
・みんな、どこにいるんだ
・総論 経済学者の目からみた人類史+ 付録 作中年表
 となります。
 うっすらおわかりかと思いますが、すべてがゆるやかに繋がった連作集。人類と宇宙の(架空の)歴史が語られます。
 年表に従えば「2019年12月 パンデミック発生」、「2020年4月 撤退宣言により都市文明消失」、「2029年1月 ミューオンリングコライダー運用開始」となってゆくのですが、この「ミューオンリングコライダー」というのが、東京から人間が消えた後、公共交通機関としての役目を失った山手線が改造され、新しい施設と化したもの。自律運転するので運用は楽々のはずなのですが、この素粒子加速器は自意識をもち、しかも、毎日何百万人もの客を運んだ山手線時代の経歴に今も誇りを感じているのだからやっかい。あの仕事に比べ、目にも見えない素粒子同士をぶつけることにどんな意味があるというのか、と悩みだし……というのが表題作の発端。新作落語顔負けの愉快な会話が、これまた加速器に転生した中央線や、人間の研究者たちとの間で交わされます。
 他の作品も興味深い科学的話題がテーマとなっていて、どこかとぼけていて、しかし、ほんわかと夢の広がる話が広がります。

 アン・マキャフリー『歌う船[完全版]』(嶋田洋一訳/創元SF文庫)は、1984年邦訳の連作集に2編を加えた新訳決定版。障害をもつ新生児が、その頭脳を生かすべく宇宙船に組み込まれるという設定で、後の作品に大きな影響を与えた古典的名作です。