今月のベスト・ブック
『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』
長谷敏司 著
早川書房
定価2,090円(税込)
バイク事故で右膝から下を失ったダンサーが、高度に発達した義足を得て舞台に蘇る。
長谷敏司の新作書き下ろし『プロトコル・オブ・ヒューマニティ』はそんな話。
主人公・護堂恒明が踊るのはコンテンポラリーダンス。約束事に縛られない自由な身体表現であるこのダンスは、あまり一般的ではないかもしれません。でも、人間の想像力を大いに刺激するものであることは確か。作品の中の例でいえば「地面から命が燃え上がる」様子を体で表現するとどうなるか? 逆にダンサーの動きを見て、それが何を表わしているかを考える……かなりワクワクします。
そうした表現を可能にするためには肉体の厳しい鍛錬が必要でしょう。しかし、ダンサーが肉体の一部を失ったとしたら?
SF作家である著者はAI制御の義足を用意します。さらにロボットと共演することによって、人間+AI+ロボットが生み出すダンスはどのような可能性をもつかも探ろうとします。サイボーグ化した人間がロボットと共に踊る終幕近くの場面は圧巻。
話が先へ進み過ぎました。途中、さまざまな人と要素が絡んでくるのです。
まず、恒明をメインに据えてダンスカンパニーを結成しようとする谷口裕五。彼は、事故前まで恒明が所属していたカンパニーの同僚ですが、ロボット開発の会社を起業した実業家でもある。谷口は「僕はどんな手続きがロボットと人のダンスをわけているかを知りたいんだ」と、恒明に言う。そして、片足をいったん失い、ダンスを再構築する恒明を追うことで、AIに人間らしい動きを教えることができるはずだと、恒明を口説くのです。
もちろん護堂恒明はこの誘いに乗り、復活公演へと突き進むのですが、その前にまず生活の問題があります。義足制御の技術的課題も。ダンスを通じて知り合った永遠子という女性の存在も重要です。
そしていちばんの問題は、父親。護堂恒明の父・護堂森もダンサーで、74歳にしてなお現役。彼は事故に遭った息子に同情する様子もなく、レッスンを再開した恒明に「義足の性能試験ならいいかもしれないが、そんなものはおまえの踊りじゃないだろう」と言い放ったりします。だが、その護堂森の介護を恒明が背負うことになって……。
もろもろの要素を「人間らしい表現とは何か」に絡ませる構成と問題意識とが見事。近未来ともいえないぐらい間近な未来の景色が見えてくる異色のロボットSFです。
梶尾真治『クロノス・ジョウンターの黎明』(徳間書店)は、舞台化、映画化もされた好評シリーズの最新作。これまでの6作はすべて短編でしたが、今回は長編。冒頭で「物質過去射出機」通称「クロノス・ジョウンター」が開発された時期に焦点を当て、そこから過去に送った1枚のメモが、ある女性を救うことが出来たかどうかを物語ります。
メモを送るのは仁科克男。住島重工に勤める彼は会社近くのレストランでオーナーから昔の8ミリフィルムを見せられ、そこに映った美女に心を奪われる。清水杏子という彼女は、しかし、撮影直後に事故死していた。26年前のこと。
間もなく子会社P・フレックに移動した彼は、そこで開発されたクロノス・ジョウンターを使い、事故の詳細と、女性を救って欲しいという願いを1枚の紙片に託して26年前の世界へ送り出す……。
著者お得意の時間テーマのラブロマンスがハラハラする状況のもとで展開されます。いつものことながらお見事。
小川哲『君のクイズ』(朝日新聞出版)は1000万円が懸かったテレビのクイズ番組決勝戦で、問題文が読み上げられる前に回答者がボタンを押し、しかも正解してしまうという謎を追うミステリ。
著者のことだからどこかでSFになるかもと思って読みましたが、フィクションとはいえ、きわめてリアルな物語でした。そうですよねえ。こういう話にSFを持ち込んだら身も蓋もないことになってしまいますよねえ。
それにしても「ゼロ文字正答」は本当に可能なのか?
読者は決勝戦で敗れた語り手とともに裏側を調べてゆくことになります。クイズにのめり込む人たちの人生、クイズの作られ方、クイズ番組の演出……そういった事情がわかってくると、もしかしたらあり得るかもと思わされてしまうところが凄い。びっくり仰天のエンターテイメントでした。
昨年11月号の当欄で紹介したアーカディ・マーティーンの『帝国という名の記憶』の続編が出ました。『平和という名の廃墟〈上・下〉』(内田昌之訳/ハヤカワ文庫SF)がそれ。「錯綜していながら洗練され、さらには上品な淫靡さに溢れた世界」と評した前作にも増して出来が良く、ヒューゴー賞、ローカス賞に輝いています。
このシリーズは遙か未来の宇宙帝国とその周辺が舞台。帝国の若手官僚と属国の外交官(どちらも女性)が活躍するのですが、政治制度や陰謀、加えて主人公2人の百合的関係がどうなるのか。多彩な読みどころがじわじわと進行してゆく過程が堪りません。
今回のミッションは不気味なエイリアンとの接触および折衝。それにしても惚れた相手を無理矢理、仕事に引きずりこむ官僚のやり方は純情とはいえ、超強引。いいのか!?