今月のベスト・ブック

装幀=岩郷重力+S.I
『摂氏千度、五万気圧』
関元聡 著
早川書房
定価 2,530円(税込)
地球温暖化どころか地球沸騰とも表現される昨今の異常気象ですが、その原因を温室効果ガスに求めることは「詐欺」だと言い張る政府が出てきて、啞然ボーゼン、開いた口がふさがらなくなってしまいました。
さて、多くの人が感じる夢や不安を鋭敏に反映する側面が、SFにはあります。東西冷戦時には核による脅威を描く作品が多く書かれましたし、ITが発達してくると電脳世界に活劇の場を求めたりもしました。第13回ハヤカワSFコンテストの優秀賞と特別賞の受賞作2編(大賞は該当作なし)が、ともに高温化で従来の生活が維持不能となった地球を舞台にしていることは、気候変動がもたらす悪夢への不安が高まっている証しでしょう。なんとかしようとするのが知恵ある者の務めのはずなのに……。
愚痴はともかく、今回の受賞作を具体的に見てゆきましょう。まずは優秀賞の関元聡『摂氏千度、五万気圧』から。
気温上昇による旱魃と豪雨、さらには海面上昇、蔓延する疫病や飢餓などで絶滅寸前となった地球人類のもとへ、宇宙の彼方から正体不明の〈救済者〉が飛来し、一部の人々を密閉居住地に避難させるとともに、生態系全般を高温に適したものに置き換えてしまうというお話です。地球を丸ごと新奇な箱庭かアクアリウムに仕立て、そのあちこちに人間の住むドームが配置されているとイメージすればいいと思います。
〈救済者〉が本当に人類を救う意図をもっているのかどうか、作中人物たちも疑心暗鬼ですが、このような荒療治が行われてから3世紀あまり、平均気温摂氏50~60度、時には80度にも達する地表を、ユズリという名の女が旅します。赤い葉をつけた樹木が茂る陸地では、12対の歩脚をもち、体を伸縮させながら移動する〈馬〉にまたがり、大海原では、歪んだ菱形をした翼のような形の〈渡り人〉の背に乗って次の陸地へと運ばれる。そうやって移動し、彼女は地球各地のドームを破壊してまわっているのです。なぜ?
それは、ドームに住む旧来の人間たちが、彼女の一族である〈結晶の民〉を殺戮したからです。〈結晶の民〉も、元は普通の人間だったのですが、新たな環境に適するよう〈救済者〉によって改変され新しい人類と化したのです。彼らは男性の助けを必要とせず、母が娘を生むことで子孫を残し、二酸化炭素を体内に取り入れています。そしてお腹の中に琥珀色のダイヤモンドを育てるのです。『摂氏千度、五万気圧』という印象的なタイトルは、地球深部でダイヤが生成されるための条件ですが、彼女たちは体内でその条件を備える能力をもっているといいます。
しかし、そのために〈結晶の民〉はダイヤを求める旧人類に絶滅させられたのです。ユズリを除いて。ただ1人残ったユズリの復讐の旅の行方は?
奇抜なアイデアをふんだんに盛り込み、地球温暖化がもたらす異様な世界と、そこに住む人々や生態系を描くという意図は魅力十分。驚きの設定がすべて〈救済者〉のテクノロジーによってもたらされたというところが通常のSFの範疇を超えているかとも思いますが、インパクトの強い光景が心を捉えます。
ハヤカワSFコンテストのもう一作は特別賞の土形亜理 『みずうみの満ちるまで』(早川書房)。こちらの舞台となる未来では、富裕層のみが環境悪化の影響を受けない高性能タワー型住宅や高緯度地域の冷涼な土地に住み、残る多くは災厄や紛争に見舞われ、生存可能な場所を求めて難民と化しています。
主人公の女性エルムも元難民。追い詰められて迷い込んだ〈ヘヴンズガーデン〉という特殊な施設で命を救われ、今は職員として働いています。
エルムの仕事は、ヘヴンズガーデンを訪れたゲストに満足のゆく死を提供すること。ここは人生を堪能した裕福な人々が、遺産の提供と引き換えに理想の死を整えてもらう安楽死の場所なのです。この時代、一生を終えようとする人々は、精神を仮想空間にアップロードして「永遠の生命」を手に入れるのが一般的ですが、そうした選択を拒否する一部の人々はヘヴンズガーデンで自分の望む形の死を迎え、遺産を施設の維持や難民の救助に役立てようとしています。
議論の余地の多い設定ですね。エルムは、湖に浮かべたボートで音楽を聴きながら、あるいはバラの咲きほこる花壇に身を投げて一生を終える人たちを手助けするわけですが、こうした仕事を引き受ける者の精神的葛藤を考えるだけでややこしい話になりそうです。
けれども物語は、よく手入れされた庭園の描写や、エルムとまわりの人々との交わりを、比較的淡々とした調子で描き出してゆくことに力を注いでいるように見えます。先の見えない閉塞的な状況をどのようにして克服するのか。あるいは絶望しかないのか。あからさまに解答を求めようとはしていない?
ここからは私の勝手な解釈になりますが、本書の本当のテーマは、地球温暖化でも格差是正でも安楽死でもないのではないでしょうか。丁寧に描かれる庭や湖や森といった自然のありさまが、著者の問題意識から発しているとすれば、主人公の行為が持つ意味も見えてきそうです。「植物だけが、恒星のエネルギーを生きる力に変えることができる」という一文が解読のヒントになりそうです。


