今月のベスト・ブック

装画=今井喬裕「traveler」
装幀=岩郷重力+Y.S

『土人形と動死体』
円城塔 著
早川書房
定価 各 2,200円(税込)

 

 魔術は奇跡を起こす技。普通にはあり得ないことを意図的に実現するわけですから、「現実」とは相容れません。

 とはいうものの「お話」の世界では魔術がありふれています。人が奇跡を望まざるをえない存在だからでしょうね。

 魔術が奇跡でなく、単なる技術である世界における「現実」とはいかなるものか? 円城塔『土人形と動死体』はそのあたりを探った作品だと、私は読みました。

 

 15編からなる連作長編。独立した短編として読めるものもあれば、全体の一部として読むべきものもあります。まずは、ひとつひとつを楽しみ、それからすべてを寄せ集めてもうひとつの楽しみを見つけるという読み方がいいのではないでしょうか。

 

 冒頭に置かれた表題作に登場するノーシュ・アレグラは伝説の魔術師。自分の屋敷を大がかりな迷宮に仕立てあげ、その深奥で、魔術が支配する世界をまるごと破壊する研究に励んでいるといわれています。

 ここで注釈を入れますと、本書の登場人物は「ノーシュ」とか「エスノダ」とか「クメヌラ」とかいった名前の持ち主ばかりで、誰もが性別不明です。男女の恋愛沙汰などとは無縁な話だし、そもそも「人物」ではなく「ゾンビ」であったり「竜」であったりするので、それはそれで構わないのですが、このノーシュだけは最後の方で「お嬢さま」だと明かされています。ネタバレになりますが、これは知っておいた方が本書をより楽しめるので、あえてばらしておきましょう。

 

 さて、ノーシュの企てによって世界が崩壊するのを防ぐため、他の都市国家は竜の王様や魔王を頼って迷宮を攻略し、ノーシュを倒そうとします。これが全体を貫く大まかな粗筋。そのかたわらで、あちこちの土地や時代をめぐって、魔術世界がどのように成り立っているのかを、いくつものエピソードが語ります。我々の世界における地質学や天文学、博物学などがここではどうなっているのか。こういった「世界観」に関わるテーマをファンタジーでも描かずにはいられないのが、円城塔ならではの知的エンターテイメント。ニヤリとしてしまいます。

 

 中でも出色なのは「独我地理学」で描かれる世界全体の形状。サザという、直感的に何でも見通せる天才が登場し、「月の満ち欠けは、大地が丸いことの証明」などと、我々の常識からすると「?」なことを言っているかと思うと、大地はぐるぐる巻きの球体で、いくつもの世界が重なり合っているという「現実」を喝破かつ ぱしてみせます。変てこりんですが、この世界ではこれが真実なんでしょう。この1編の冒頭で描かれている、大気中を浮遊する小さな繊維のようなものの輝きは、とても美しい。

 

 本書のさらなる楽しみは、あちこちに登場するキャラクターそれぞれの詳細をまとめてゆくこと。先のノーシュもそうですが、イノクラルメヘルボヌクスラスクという、三つの頭を持つ竜王が、なぜ頭を三つ持つようになったのか。そもそもは何ものだったのかなどといった細部を読み解いてゆくと、パズルを解くような手間と面白さが味わえます。

 

 物語は魔術世界の成り立ちを考察するうちに、小説そのものの成り立ちにまで突っ込みを入れるメタフィクションと化してしまいますが、中心を貫くノーシュの想いは堅固。人間やゴーレム、ゾンビなど一切を救済する愛が描かれているのかもしれません。

 

熊谷達也『マーズ・エンジン』

 

 熊谷達也『マーズ・エンジン』(光文社)は、22世紀なかば、火星に人類が進出した際に見出した驚愕の出来事を語ります。

 

 出だしは近未来のリアルを描くドラマ。小惑星帯で鉱物資源採掘に従事するため貨物船に乗ったマカベ・レンジは、急遽、火星への移民となることを余儀なくされます。雇用主の企業が倒産したのです。火星で遭遇したのは、地球のパブリックスクールで同級だったユメカとタクミ、それに火星から転入していたアユムでした。彼らの少年時代の逸話は、いつの時代にもあるイジメや友情を描いていて、SFであることを忘れさせます。

 

 ところが後半、レンジがアユムらと火星で働くうち、連続する地震や火山噴火に遭い、原因を探るようになると、びっくり仰天のアイデアが炸裂。そこでは、これもネタバレになりますが、「タコの火星人」なども登場して、読者サービス満点。異色の肌合いをもつ火星SFとなりました。

 

ミン・ジヒョン『日韓SF交換日記 あなたの言葉を聞くための対話』

 

『日韓SF交換日記 あなたの言葉を聞くための対話』(Kaguya Books)は、日本SF作家クラブと韓国SF作家連帯――日韓両国のSF作家集団によって編まれた1冊。現役作家同士が海を越えて交わした12組の「交換日記」と、序文、対談、パネルディスカッション、創作1編で構成されています。

 

 登場順に作家名を並べてみると、ミン・ジヒョン、チェ・イテク、井上雅彦、イ・ソヨン、池澤春菜、チョン・ヘジン、白井弓子……馴染みのある作家もない作家も登場しますが、それぞれが自分の来歴や作品、日本と韓国のサブカルチャー、SF、そしてとりわけ韓国におけるフェミニズムについて語っています。知らない作家も多いだけに、なおさら、実際の作品に触れてみたいという願望が高まりました。両国がさらに交流し合って理解を深め、東アジア全体のSFが盛り上がることを期待しています。