今月のベスト・ブック

装幀=albireo
『宇宙墓碑 現代中国SFアンソロジー』
倪 雪婷 編
立原透耶 他 訳
ハヤカワ文庫SF
定価 1,980円(税込)
『宇宙墓碑』は中国SFの活況ぶりがありありと伝わってくるアンソロジー。『三体』の劉慈欣も『折りたたみ北京』の郝景芳もここには登場しませんが、バラエティ豊かな多くの才能がこのジャンルにひしめいていることが見てとれます。
なぜ今の中国ではこんなにもSFが盛んなのか?
訳者の1人、立原透耶さんの解説によれば、SFの作品賞や新人賞がたくさん創設されて作家の数が増え、専門誌のみならず純文学雑誌などもSFに門戸を開くようになったとか。背景には政府の後押しや企業による資金の提供もあるということで、才能が集まってくる理由にはことかかない状況らしい。
個人的に付け加えるなら、まだSFとの付き合いが浅く、書き手がさまざまな可能性を見出しているからでしょうね。あれもできる、これもできるぞ、という感じでどんな素材でもSFのかたちで表現できるし、その喜びも新鮮で大きいようです。
12編が収録されている本書には、昨今のITの発展を反映したものもあれば、軍事SFもある。伝統的スペースオペラやゾンビものもあれば、日中の不幸な歴史を直視しようとする真摯な歴史SFもある。作家の男女比が半々というのも、結集する才能の幅広さを反映しているせいでしょう。
表題作は、昨年『無限病院』が邦訳されたベテラン韓松の初期作品。皮肉でとぼけた作風は根っからのもののようで、この作品は宇宙のあちこちの墓を見てまわり、新たな墓を建造する男が主人公です。人は宇宙に何を求めるのか。新たな希望を見出しにゆくのではないのか。それなのに、彼はなぜ、死と静謐さに捉えられてしまったのか。読んでいるうちに、作者が果たして本当に宇宙や墓碑について書いているのかどうかさえ疑わしくなってしまいます。そこがとても面白い。
趙海虹「一九三七年に集まって」は日本軍による南京大虐殺を扱ったタイムトラベルものであり、作者の分身が登場するメタフィクションでもあります。南京での虐殺が始まった当初、中国人はどのような行動をとったのか。日本人はどうだったのか。若い中国人女性と日本人少年が時空を超えて現地を訪れるという設定のもと、歴史的事実ときちんと向き合おうとする姿勢が伝わってきます。
糖匪「博物館の心」は1960年代英米のニュー・ウェーブSFを思わせるような掌編。時間の流れを超越した存在が地球を訪れ、ボディガード兼家庭教師として幼い男の子を見守ることになります。男の子が砂場でつくる〝建造物〟を眺めながら、同時に、その存在は、その子が将来博物館で成す仕事も見つめている。特に事件が起こるわけではありませんが、通常とは異なる視点から紡がれる文章が心地よい浮遊感覚をもたらします。
娯楽SFから実験的作品まで、中国SFは幅を広げ、奥行きを増しつつあります。
韓江さんのノーベル文学賞受賞で注目される韓国文学。SFの分野でも女流作家を中心に日本への紹介が進んでいますが、パク・ソルメさんはこれまで特にSFと縁があるとは見られていなかったように思います。しかし、新作『影犬は時間の約束を破らない』(斎藤真理子訳/河出書房新社)が「冬眠小説」と銘打たれているとあっては見過ごすことができません。
7つの短編からなっています。各編はつながっているものもあれば、そうでないものも。ただし、冬眠する人物と、それを見守る「ガイド」と呼ばれる人物が登場するところは共通しています。
冬眠がごく普通に行われるようになった世界。人々はちょっとした休暇をとるような感じで冬眠するようになっています。疲れをとるためにまとまった睡眠が欲しいというのがおもな理由で、期間は数日間だったり数週間だったり、ひと月を超えたりとさまざま。病院に入ることもあれば、ホテルを借りて、見守りのガイドを個人的に雇うこともよくある方式のようです。作品には比較的若い男女が冬眠をしたり、ガイドを務めたりする様子が描かれます。危機的なことは起こらず、淡々と時間が経過し、冬眠は終了します。そんな人々のところへ、時に〝影犬〟と呼ばれる妖怪のようなものが現れ、散歩に出かけることを要求する。眠り、食べて、散歩し、人と出逢い、別れる。覚醒とまどろみが入り混じったような感じの心地よい作品集です。
上田早夕里『成層圏の墓標』(光文社)は「書き下ろしアンソロジー〈異形コレクション〉」に提供された6編に、他のアンソロジーへの作品や書き下ろしなどを加えた全10編からなる作品集。アンソロジーのテーマに合わせたのか、さまざまな題材のSF、ファンタジーが並んでいますが、全体的に見ると、地球の長い歴史の中で生まれた生命の不思議を讃えるものが多いように感じます。
表題作は、毎晩毎晩、雨が降るようになった世界に出現する「雨坊」という怪物の正体にまつわる物語。ひとつながりのレインウェアのような衣服に包まれた、まるで水のかたまりのような人間もどきは、実は、人間の記憶を記録していた?
巻末の書き下ろし「南洋の河太郎」は、第二次大戦直前のパラオを舞台に、海に棲む謎の一族との出逢いを描いています。海に暮らす人々の様子が生き生きとして魅力的。