今月のベスト・ブック

装画・ブックデザイン=鈴木成一デザイン室

わざわい
小田雅久仁 著
新潮社
定価 1,870円(税込)

 

 前作『残月記』で第43回吉川英治文学新人賞と共に第43回日本SF大賞に輝いた小田雅久仁さんは、SF大賞の受賞式で「自分はSFというよりはファンタジーの書き手と考えている」という意味のことをおっしゃっていました。別途書かれた「受賞の言葉」でも『残月記』収録作は「SFにはするまい、幻想小説として読めるものにしよう」と意識していたと表明しています。どういうことか?

 同じ文章で彼は、ファンタジーと同じように幻想を扱っているとしても「SF小説は、しばしば相容れない"感情"と"知性"の両方を内包し、引き裂かれつづけている」ジャンルであり、自分は、往々にして小説を干からびさせる"知性"よりも"感情"の方を重視している、とも述べておられる。

 なるほど。小田さんの作品を読んでいて感じる「臆面のなさ」。「げっ、そこまでゆきますか!?」という驚きと感動はこういう姿勢から来ているのですね。小説論めいたことをさらに付け加えれば、SFや幻想小説のほかに主要分野として、現実を色濃く反映するリアリズム小説がありますが、これは現実的であるかどうかが大きな要素となっています。小田作品はこの"現実"という要素も投げ捨て、幻想の要求する"感情"をどこまでも追究しているといっていいのかもしれません。

 前置きが長くなりました。『禍』に収録されている七編がどのような幻想と感情を追究しているのか、見てみましょう。

 冒頭の「食書」は本を食べる話。ページを破いて口にすることで、主人公は小説世界へ転生します。一度、その感覚を味わうと、もはや現実に甘んじてはいられない。「書物は文字の連なりであることから解き放たれ、経験に肉薄し、経験を越える」というのは、作家の究極の夢想でしょうか。「耳もぐり」は指先を他人の耳の穴に突っ込むことでその人に潜りこむ技を得る話。「喪色記」は、他人の視線が気になる28歳のサラリーマンが上司のパワハラによって精神を病み、休職して単調な日々を送っているうちに……。予想もつかない展開となって壮大な宇宙的神話ともいうべき結末に至ります。「柔らかなところへ帰る」は、路線バスで豊満な肉体を誇る女と同席した男が、それまで自覚していなかった欲望に目覚める。個人的な夢想にとどまるのではなく、男をとりまく"現実"が呼応してゆくのが小田雅久仁の世界です。「農場」は本書の中でも群を抜いて異様な物語。畑で育てられるのはヒトの鼻なのですから。「髪禍」は毛髪をあがめる教団の物語。いくつかのアンソロジーに収録された傑作です。最後の「裸婦と裸夫」ではタイトルどおりのハチャメチャな光景が展開します。

 小田さんの小説を読みながら木下古栗さんを思い浮かべました。木下さんは物語から意味を剥ぎ取ろうとして不条理な話に行き着いていますが、小田さんは逆に、物語だけがもつ独自な意味をとことん追い求めることで現実とは無縁な世界へ到達しています。いずれにせよ、2人は現代日本で物語の究極を目指す双璧といえるのではないでしょうか。

 イラストレーターでマンガ家、デザイナーでもある倉田タカシさんが「夕暮にゆうくりなき声満ちて風」(大森望編集『NOVA2』所収)で活字デビューしたのは2010年。その後、創元SF短編賞やハヤカワSFコンテストに応募するという変則的かつ自在な活動を13年間続けているわけですね。『あなたは月面に倒れている』(創元日本SF叢書)はデビュー作を含め、この間に発表してきた9編をまとめた初の短編集。

 巻頭の「二本の足で」は、スパムメールが進化し、人間そっくりの姿となって人々のもとを訪れる、という近未来の物語。〈シリィウォーカー〉と呼ばれる人間もどきたちは、人と会うと「あなたが当選者に選ばれました」とか「こんど同窓会をするけど、来ない?」とか、あの手この手で獲物を釣りあげようとするというのです。普通は敬遠するシリィウォーカーを何体も集めて同居している大学生のもとを友人が訪ねると……。海外からの移民が普通になっている国内事情も合わせ、曖昧で不安定な光景が広がります。

「トーキョーを食べて育った」は廃墟となった東京で巨大メカを駆使して遊びまわる子どもたちを描くポストカストロフSF。原子炉や先端兵器、ロボットなどが暴走して廃墟となった世界を見つめる視線が新鮮。「再突入」は、物体を大気圏に再突入させて燃え尽きるのを鑑賞するという奇妙なアートがテーマ。いずれもジャンル作品を咀嚼し、自由で軽快な作品に仕上げる姿勢が魅力的です。

 藤井太洋の新作は『オーグメンテッド・スカイ』(文藝春秋)。日本語にすれば「拡張現実の空」とでもいうのでしょうか。VR(バーチャルリアリティ)技術を争う競技会に参加する高校生を描いた学園小説で、舞台は鹿児島に設定されています。『第二開国』に続く、藤井さんの「ふるさと近未来小説」。

 県立南郷高校には島嶼部からの生徒のためもあって男子寮があります。新学年、寮長に指名された倉田護は、ミッション系女子高の雪田支乃らと協力して全地球規模のSDGsのVRプレゼンテーション大会に参加することに。軍人調の「説教」があるような寮で、鹿児島弁を飛ばし合いながらITに取り組む生徒たちが微笑ましくもたくましい。今、そこで始まっている未来を感じます。