今月のベスト・ブック

装画=北村みなみ
装幀=アルビレオ

『花ざかりの方程式』
大滝瓶太 著
河出書房新社
定価 2,090円(税込)

 

 大滝瓶太『花ざかりの方程式』を読むと、「こんなことが小説で書けるんだ!」「こんな小説もありえるんだ!」と感心してしまいます。小説の枠を、ある方向にぐんと広げた驚くべき作品集。表題作など9編を収録。

 

 ただし、嚙み応えが相当あります。たとえば「演算信仰」という短編には「二点間をつなぐ思考経路は無数に、そして独立して存在していて、定義された特徴量を最大化するように成長する」という文が出てきますが、これは光の伝播に関する説明をもじったものかな(違っていたらごめんなさい)。パロディとなっているわけで、こういった要素がたくさん詰め込まれた作品群を楽しむには一定の数学的・物理学的素養が必要になるでしょう。乏しい知識の私としては、きちんと読み解けている自信がありません。いってみれば一知半解にもとづく紹介と感想になってしまうわけですが、それでも本書が凄いと思うのは、今まで小説で見たことのない世界が見えてくること。それは多分、数学者や理論物理学者が見ているような刺激的で美しい世界ではないかと思います。数式や法則の彼方に広がる抽象的世界はこんなものかもしれないと、読んでいて感じる瞬間がありました。それらがそのまま具体的に描かれているわけではないのですが、登場人物の行為をたどってゆくうちに、ああこの人には特別なものが見えているのだなあと感じるのです。SFは未来や宇宙の彼方に「もうひとつの世界」を描くわけですが、ここにあるのは新たな認識を得ることで開ける「もうひとつの世界」。稀有なSFとなっている所以です。

 

 そんな世界が見えているのは「匿名性を考慮することにより、任意の農耕空間はその内にひとつ以上の閉じたミクロシステムを持つ」と言う数学者・岡崎忠邦(「騎士たちの可能なすべての沈黙」)とか、「あらゆるものは演算」であり「演算により導かれるすべてのものは知識空間なるもののなかにあらかじめ存在」していると悟って、その「知識空間」に触れることこそが科学者や芸術家の輝かしい洞察なのだと言うウェイ・アイゲンベクター(「演算信仰」)といった登場人物たち。彼らの名前は別の作品にもたびたび出てきて、本書全体がひとつの世界観に貫かれていることが見てとれます。

 

 こうしたテーマに通底してはいるものの、やや例外的な作品もあります。「ソナタ・ルナティカOp.69」はポンセやヴィラ=ロボスといった実在の作曲家が登場する音楽小説。「白い壁、緑の扉」は、H・G・ウェルズの「The Door in the Wall」を大滝さんが訳して丸ごと作中に取り込んだ異色の「共作」。ウェルズのこの短編を収録した『タイム・マシン ウェルズSF傑作集』(阿部知二訳/創元SF文庫)が年初に新版として刊行されたので、大滝さんの技巧の冴えを比較的簡単に確認することも可能です。

 

 椎名誠『超巨大歩行機ゴリアテ』(集英社)はひさびさのSF連作集。人類の子孫が居住している、地球によく似た惑星をさすらう元傭兵・灰汁あ くを軸とした近作六編が収録されています。

 

 改造人間や改造生物、ロボットなど、未来技術の成果が日常的でありながら、周囲の風景は、さびれた異郷風。そこでの人々の営みは昔ながらの伝統的雰囲気を醸し出しています。著者の言う「懐かしい未来の断片的風景」の数々を堪能しました。

 

 椎名誠さんは今年6月で82歳。エッセイ集『さらば国分寺書店のオババ』(1979年)の衝撃的デビュー以来、日常的風景から驚きと愛と情熱を掘り出してくる文章は私たちのものの見方にかなりの影響を与えました。これからもエッセイ、小説ともに健筆をふるっていただきたいものです。

 

 同じく大ベテランの梶尾真治さん。椎名さんより3つ年下なのですが、たて続けに新作3冊を出して健在ぶりを発揮しています。

 

 まずは『おさご幻奇譚 仏原騒動異聞』(河出文庫)。郷里・熊本の郷土史に埋もれていた史実を著者が発掘し、時空を超えたファンタジーに仕立てたものです。断片的にしか残っていないその史実は、江戸前期・延宝2年(1674年)、現在の山都町仏原ほとけ ばるという所で結城半太夫という地侍及びその郎党が騒動を起こし、捕縛されて打ち首になった、というもの。その中に「さご女」という美女がいて、水の上を歩いたり、不思議な能力の持ち主であったとか。そのあたりが梶尾さんの心を強く惹きつけたようです。

 

 半太夫が神社から盗み出した巻物に端を発する騒動とは? そこでさご女はどんな働きをしたのか? 梶尾さんお得意のタイムスリップを織り込んで現代と350年前を結びつけ、「加塩」という作家も登場して、ハラハラドキドキの感動的物語となっています。

 

 梶尾さんの新作2冊目は『もののけエマノン』(徳間書店)。おなじみ〈エマノン〉シリーズ最新作5編を収録。地球生命誕生以来30数億年の記憶を受け継ぐ美少女の姿が不変であることがうれしい。

 

 3冊目は『キノコがわたしを呼んでいる』(小学館新書)。長年の趣味だというキノコ狩りにまつわるエッセイ集です。郷里の山を舞台に、出逢ったキノコの数々をイラストとともに紹介。キノコは女性の声で「わたしはここよ!」と呼ぶのだとか。これがまたいかにも梶尾さんらしく、若さの秘訣かも。