今月のベスト・ブック

装画=飯田研人
装幀=森敬太(合同会社飛ぶ教室)

『遊戯と臨界 赤野工作ゲームSF傑作選』
赤野工作 著
創元日本SF叢書
定価 2,090円(税込)

 

『遊戯と臨界』 は、サブタイトルにあるとおり、ゲームに関するSFを集めた短編集。といっても昔からあるカードゲームやボードゲームではなく、IC(集積回路)を使ったもの。いわゆるビデオゲームやコンピューターゲームの類がテーマとなっています。

「あまり関係ないなぁ」と思う向きもおありでしょう。実は私もそうでした。ほとんど遊んだことがないし。

 

 ところが、収録された11編のうちのある1編を読んだ途端、「ああ、俺もハマったことがあったんだ」とナマナマしく思い出してしまったのです。そのゲームの名は「テトリス」。ソ連生まれのアクションパズルで、いわゆる「落ちゲー」の元祖ですね。

 単に遊んだというだけではなく、当時もっていた「MZ-700」という初期のパソコンに移植し、そのために機械語のプログラムも組んだのでした。ああ懐かしい!

 

 いや個人的な感慨にふけっていてはいけない。本の紹介をしなくては。著者の赤野工作さんはゲーマー、ゲームコレクター、ゲーム評論家、作家といったさまざまな肩書をもっていますが、とにかくゲームにとことん惚れ込んだ超マニア。その小説にはギュウギュウとゲーム愛が詰め込まれています。

 

 ただし、ここで紹介するのは私が赤野さんのゲーム愛に共感したからというだけではありません。小説家としての力量に唸ったという理由の方が大きい。たとえば「お前のこったからどうせそんなこったろうと思ったよ」という、長いタイトルをもつ短編。

 

 口の悪い老人がもう一人の老人に向かって悪態を吐き続ける一人称スタイルで、2人が対戦している格闘ゲームについて語るのですが、シチュエーションが尋常ではないのです。本人は地球の介護施設に居てゲーム機に向かっており、一方、対戦相手は月の施設に入居中。距離にして38万キロ以上の隔たりがあるため、コントローラーでコマンドを打ち込んでも届くのに光速でも1・3秒以上かかるという、格闘技にしては致命的なタイムラグが生じます。それをいかにして克服し、相手を倒すか。困難な中で工夫した技を繰り出しながら、50年前にゲームセンターで出逢って以来の因縁と勝ち負けへのこだわり、ライバルゆえの愛憎をも吐露してゆきます。2人の関係が浮かび上がってくる過程が見事。絶品の語り芸といっていいでしょう。

 

 著者の真骨頂はこうした一人語りの巧みさにあるといえそうですが、それは、ゲームを楽しむことが、その世界に没入し、対象を操作して反応を確かめることで新たな認識が生まれるというメディアの特性にあり、その時の体験を報告するなら、どうしても一人語りになってしまうという宿命があるのかもしれません。多彩なゲーム世界の楽しさを実感させてくれる傑作が揃っています。

 

 カリベユウキ『マイ・ゴーストリー・フレンド』(早川書房)は第12回ハヤカワSFコンテスト優秀賞受賞作。同コンテストの大賞『コミケへの聖歌』と『羊式型人間模擬機』は先々月の当欄で紹介しました。本作も大賞受賞作に劣らぬ面白さ。大収穫でしたね。

 

 カバー袖の紹介に「ギリシャ神話の世界が現実を侵食する団地ホラーSF大作」とあります。舞台となる団地は早稲田大学の近く、戸山団地に隣接する「埴江田はに え だ団地」となっています。団地名こそ架空のものですが、団子坂とか芳林堂書店とか、馴染みの地名が出てくるのも楽しい。何しろ現実離れしたとんでもない事件が身近なところで起こるのですから。すぐそばで起こる大騒動!

 

 さて、この埴江田団地では、最近、怪異な出来事が起こっているといいます。ある棟の廊下や階段には巨大なぬめぬめしたものが這ったような跡があって、その先の一室は「まるで巨大な泥水の濁流に直撃されたかのよう」に破壊され、住人の男性が行方不明に。

 

 これだけではなく、他にも異常なことが続出しているのに世間にはまるで知られていません。それを明らかにするドキュメンタリーのレポーターを押しつけられたのが、主人公の町田佐枝子まち だ さ え こ。役者志望の28歳なのですが、まるで売れない。挙句「インディーズ系だが主役がもらえそうだから」と送り込まれたのが、アダルトビデオの撮影現場。ブリーフ1枚の男優に襲われて逃走。あれこれあった末、高田馬場駅前ロータリーのベンチで横になっているところを顔見知りの脚本家に声をかけられます。「相次ぐ災難にメンタルが干からびたミジンコなみに弱っていた」佐枝子は、脚本家が持ちかけたレポーター役を一も二もなく引き受けたのでした。

 

 お気づきかもしれませんが、この小説、ドタバタと怪奇がミックスされた味わいで、しかも文体がやや大時代的。「空は急に翳りを帯びて曇り始め(中略)建物全体が色を失い、寂寞とした趣きをいっそう濃くしていた」などというくだりを読むと「いいぞいいぞ」とワクワクしてきます。

 

 ああ、詳しく紹介する余裕がなくなってしまいました。物語は死体から切り取った首を提げ歩く青年の存在や、蛇男の登場、そして団地地下の迷宮での大活劇などサービス満点で、背景となる因縁話にはギリシャ神話から宇宙真空エネルギーと生命発現の謎まで、お腹がいっぱいになるほど蘊蓄うん ちくが詰め込まれています。佐枝子の相棒となるおかっぱ頭の有能な女性・春日ミサキも極めて魅力的。