今月のベスト・ブック

装画=Rey.Hori
装幀=岩郷重力+Y.S

『大日本帝国の銀河』(1~5)
林 譲治 著
ハヤカワ文庫JA
(1) 946円(税込)
(2) 968円(税込)
(3)(4) 990円(税込)
(5) 1,078円(税込)

 

 ロシアのウクライナ侵攻はどうなるのか?

 この原稿を書いている時点(侵攻開始後3週間)では予測がつきませんが、今回取り上げる作品との関連もあって昭和史を少しひもといてみました。

 日本と中国との戦争は、昭和12年7月の盧溝橋事件から始まるわけですが、当時、陸軍強硬派は、中国は一撃ですぐ屈服するという「一撃論」を主張、近衛内閣はこれを取り入れて国内から軍を派遣したといいます。そしてこの軍事行動を、最初は「北支事変」、次には「支那事変」と呼び、「戦争」という言葉は使わなかったとか。深く考えさせられるところがある先例です。

 林譲治の新作『大日本帝国の銀河』はこの歴史的事実から話が始まります。現実においては間もなく日独伊三国同盟が結ばれようかという昭和15年夏のこと。「日華事変」(作中での呼称)はぐずぐずと進行中で、陸軍は戦時体制強化のため米内内閣を打倒して傀儡内閣を樹立する動きを見せている──と、ここらへんは史実を忠実に反映しています。しかし作者はここにSF(ある登場人物は「妄想不信心小説」と呼びますが)ならではの異物を投入するのです。つまり宇宙人を。

 身長約170センチ、20代から30代前半に見える二枚目。日本人といっても通用する顔つきで日本語も流暢。最初は火星から来た「火星太郎」と名乗っていたが、話に矛盾があると指摘されるとオリオン座の方から来た「オリオン太郎」だという。のらりくらりとして正体は明かさないものの、敵対的ではありません。日本に居を構えて、何かしようとしているらしい。その目的は何なのか? そもそもどこから来た、何者なのか?

 疑問は全5巻の最終巻でようやく明らかになります。それまではオリオン太郎とその女性版・オリオン花子らが地球にもたらした影響をつぶさに追う、一種、歴史改変SFのような趣きを呈します。彼らは当時の人類文明をはるかに凌駕する科学技術を誇り、日本だけでなく、イギリスやドイツなどの軍勢を打ち砕きます。このような存在が歴史に介入すると、ナチスドイツの起こした侵略戦争はどうなるのか? 日本は太平洋戦争に突き進むのか? 実際の歴史との乖離のあれこれが、この小説の前半の焦点。年表を傍らに置いて楽しみたいところです。

 そして後半、特に第五巻に至ると、物語の様相は大きく変わります。先にいったように、オリオン太郎の正体・目的が判明するにつれ、驚異的な異星人の生態、そして彼らが宇宙に進出する際に採用した戦略が浮かび上がり、規模の大きな宇宙SFとなってゆくのです。『三体』の異星人は、地球人を「虫けら」と呼び蹂躙しようとしますが、この小説ではまた違った宇宙文明のあり方が考察されます。ぜひとも読み比べて欲しい。

 2年前の当欄で『空のあらゆる鳥を』を紹介した米国の作家チャーリー・ジェーン・アンダーズの新作『永遠の真夜中の都市』(市田泉訳/東京創元社)は、前作がSFっぽいファンタジーだったのとはうって変わり、過酷な惑星に植民した人類の末裔を描く宇宙SF。異様な環境で厳しい選択を迫られる主人公たちの姿に深い感銘を覚えます。

 惑星ジャニュアリーは常に同じ面を主星に向けて公転し、強い光に照らされる半分は灼熱の、もう半分は永遠の暗黒に包まれた極寒の地獄となっている。地球を捨ててここに到着した人々は両者の中間地帯に都市を建設し、いったんはそれなりに繁栄したものの、諍いのため衰亡し、今は2つの都市のみが生き残っている、という設定。

 物語は、主人公たちが両都市──シオスファントとアージェロの間を行き来する危険な旅と、表題となっているもうひとつの場所への訪問を体験することで世界のあり方を大きく変えてしまう、そのいきさつを語ります。両都市は遠い未来の異星の地とはいえ、どこか地球の中世を思わせるようなひなびた雰囲気を漂わせています。人々の性格や行動も中世ふうの冒険譚にふさわしい。彼らを脅かすのは人間同士の争いだけでなく、この惑星に棲む怪物たちでもあるので、ますます古典的物語の趣きが強まるのですが、その怪物の一種──「ワニ」とも「ゲレト」とも呼ばれる──が、テレパシー的なイメージ伝達力と優れた知性で主人公たちに接触を図ってくると、一躍、SFならではの驚きが広がります。

 異星の人類を描くという点では、『ハローサマー、グッドバイ』や『ブロントメク!』のマイクル・コーニイを思わせるところがありますが、あちらが少年少女の触れ合いの物語だったのとは違い、本書は若い女性同士の結びつきと別れが重要な要素となっている。著者紹介欄には「トランスジェンダー女性で同性愛者」と書かれています。

 前回、タイトルのみ触れた2作のうち、安野貴博『サーキット・スイッチャー』は香山二三郎さんが詳しく紹介してくださったのでよしとして、M・ジョン・ハリスン『ヴィリコニウム パステル都市の物語』(大和田始訳/アトリエサード)についてひと言だけ。

 遥かな未来の地球で騎士と盗賊たちが暗躍する混乱した世界。悲惨と崇高、怠惰と精励、堕落と純粋……相反するイメージを滑らかに一体化する文体が見事です。登場する「ゲテイト・ケモジット」は私の知る限りもっともおぞましい"兵器"なのであります。