今月のベスト・ブック

装幀=須田杏菜
装画=Amir Zand

『流浪地球』
劉慈欣 著/大森望 古市雅子 訳
KADOKAWA
定価2,200円(税込)

 

 劉慈欣は面白い!

 もちろん《三体》三部作を読まれた方にはいうまでもないことですが、あの大作だけではなく、短編も含めて、書くSFはどれも面白い。しかも、その面白さがわかりやすいところがいちばんの強み。

 例えば『流浪地球』の表題作でいえば、太陽が間もなく(といっても400年後ですが)大爆発を起こし、その後、赤色巨星となって地球軌道まで膨らむことが判明。人類は地球そのものを巨大なロケットに仕立て、4・3光年先のプロキシマ・ケンタウリへ惑星ごと移住することにした。

 なんだか昔の特撮映画みたいな話だなあと思う人も多いでしょうが、そのとおり。『妖星ゴラス』をスケールアップし、「あり得ないだろう!?」というレベルにまで広げて、実際そんなことになったらどんな光景が展開するかを、それなりの説得力をもって描き出すのです。その際、話の展開に容赦はない。月は連れてゆけないし邪魔なので、ふっ飛ばしてしまうとか、ロケットエンジンはエベレストを超える高さのものを1万2000基、地球にびっしりと備え付けるとか。このエンジンを一斉に吹かした時の威力といったら……。いやもう、とにかく凄いことがどんどん起きて、開いた口がふさがりません。

 もう一例。「老神介護」では、ある日、20億柱もの神さまが地球にやって来て、「食べものを少しわけてくれんか」と頼み込む。国連は会議を開いて神さまから事情を聞き、確かに彼らが人類にとっての神であることを承認し、各家庭で神を一柱ずつ扶養することを決めるが……。

「世話をかけるなあ」と恐縮する神さまが哀れというか、情けないというか。これが単なるファンタジーでないのは、神さまが神さまたる所以が、科学的というか、SFとしてきっちり説明されるところ。なるほど確かに神さまとはこういう存在であるなあと、納得せざるを得ません。

 劉慈欣の面白さの内容に踏み込むと、突拍子もない発想と展開があり、しかもそれに科学的/SF的な裏打ちが伴うところ。バカ話なのに、そういうことなら確かにそのとおりかもと引きずり込まれてしまいます。大風呂敷の広げ方がただごとでなく、しかもきわめて丁寧なのですね。まさか21世紀にこんな物語群が誕生するとは思いませんでした。

 今回、『流浪地球』と『老神介護』の2冊が同時に翻訳出版されましたが(訳者、版元は同一)、これは著者側が提供した11作品を2分割した結果だといいます。併せてひとつの短編集と考えたほうがよさそうです。

 この2冊に、昨年秋に出た短編集『円』(早川書房)の13編、それに昨年末に出た物語絵本『火守』(KADOKAWA)を加えると、作者の全短編40のうち25編が日本に紹介されたことになります。残るのはあと15編。近いうちに、ぜひ。

 デイヴ・ハッチンソン『ヨーロッパ・イン・オータム』(内田昌之訳/竹書房文庫)はカバーに、〈「ジョン・ル・カレ」とクリストファー・プリーストが合作した作品と評された、オフビートなSFスパイスリラー〉とあり、これはいったいどんな小説? と首をひねってしまいました。

 実際に読んでみると、1話ごとに完結する話が全11話。各編はゆるりと繋がっていて最後までたどり着くと、世界の底が抜けたような気がしてボー然。しいていえば、現実を探索する物語、とでも言えばいいでしょうか。レストランのシェフがアルバイトをもちかけられ、スパイの真似事のようなことをするのが発端。素質ありということで、次々と任務を与えられ、もとの自分とは似ても似つかぬ存在へと変貌してゆきます。

 この男――ルディをスカウトしたのは“森を駆ける者クルール・デ・ボワ”という一種の秘密組織。正体は不明ですが、宅配業者(クーリエ)の国際的集団だったということで、人であれ物であれ、頼まれた物件を国境を越えて届けるのがおもなビジネスです。

 ただしこの「国境」というのが面倒。この世界ではヨーロッパは無数の小国が存在し、独立国家の無法状態とでもいうようなありさまなのです。ひとつの都市が国家を宣言していたり、企業が独立国家であったりもする。いちばんユニークなのは“ヨーロッパ横断独立共和国”で、国境をいくつも横断する鉄道そのものが独立国家を宣言しているのです。

 前半は比較的のんびりした調子で話が進みます。厳しいものの奇妙な生活態度のコーチに仕込まれたり、潜り込んだ先で女性とねんごろになったり。ルディのおっとりしていながらこだわりのある性格もあって、異様だけど心地よいエピソードが続きます。これは後半になりますが、シェフの舌をもつがためか「ソーセージサンドイッチをまるで許しがたい悪事を働いた仇のように凝視」したりするところなど、ニンマリ。しかし、ある時点から物語は急速に緊迫度を増し、スリルに満ちたものになります。それは世界の成り立ちの根本に関わるもので、この謎がプリーストのSFを連想させるのはうなずけるところ。

 本邦初紹介となる著者は1960年英国生まれ。2014年発表の本書は彼の出世作で、アーサー・C・クラーク賞、イギリスSF作家協会賞、ジョン・W・キャンベル賞などさまざまな賞の候補作となりました。