今月のベスト・ブック

装画=榎本マリコ
装幀=西村弘美

『ゴシックタウン』
エミリー・カーペンター 著
茂木健 訳
創元推理文庫
定価 1,870円(税込)

 

中野善夫『積読の流儀』

 

 今月は、小説ではなく、中野善夫氏の書物エッセイ集『本を買え、天に届くまで積み上げろ。』……あ、間違えた(笑)、正しい書名は『積読の流儀』でした(国書刊行会)。だって帯にデカデカと『本を読め』云々と書いてあるのだもの、これはこっちがタイトルだと、誰もが思うではないですか、ええい紛らわしいわい!

 

 で。なんで同書から読み始めたのかというと、収録作の一篇に「古い幻想小説を読むということ」があって、そこではヴァーノン・リーとイーディス・ウォートンとフィオナ・マクラウド=ウィリアム・シャープ(いま気づいたが、この3人は揃いも揃って、見事に日本語変換が厄介な、国書刊行会みたいな特殊な版元でなければ邦訳を出したがらないような(真相は知らないが/笑)名前の持ち主である!……そのへんが、この3作家が、これまで不当に、日本でマイナーに甘んじてきた一因でもあろうか?)について語られているからだった。

 

 実はいま、私が英文学者の下楠昌哉さんと編纂している『幻想と怪奇の英文学』(春風社)シリーズ(ちなみに中野氏も本書中で同シリーズに再三、触れてくださっていて、ありがたいかぎり)の6巻目の著者校正に携わっているのだが、なんとサブタイトルが「たそがれケルト編」で、私が雑誌「幻想文学」で最初に特集した「ケルト幻想」の21世紀版といった趣なのだ。すかさず私も(初心に立ち返って)松村みね子と芥川龍之介とほの暗い横浜の崖路に関する拙文を、前書きにしたためたのだが、そちらの参考になるかしらん、と思ったのである。

 

 で。読みながら、「これ、すでにどこかで一部を読んだような……」と思ったら、何のことはない、中野氏が同じ版元から上梓されているリーやウォートンやマクラウド=シャープの名訳群の「訳者あとがき」に記されていたのだった。それでも、ついつい再読させられてしまうのは、各著者に寄せる中野氏の時を超えた情愛の賜物だろう。

 

 本書の裏表紙には、前面の帯文に続いて、「本は今買え、すぐ買え、迷わず買え」だの「読まない本が増えることを怖れるな」だのといった「愛書家7つの習慣」が掲げられているが、これは担当編集者の心の叫びでもあろう。いや、実際、かつてない用紙不足やら読者不足やら何やらで、本は買うタイミングをいったん逃すと、永遠に入手困難な時代に着々となりつつあるのだから。情けないことだが。

 

エミリー・カーペンター『ゴシックタウン』

 

 さて、もう1冊(これは完全に、当方の錯覚だったのだが)、読み進めながら、「こ、これ、どこかで読んだような……」という根拠なき疑念に苛まれたのが、米国の新進女性作家エミリー・カーペンターの、重厚な長篇ホラー小説『ゴシックタウン』(茂木健訳・創元推理文庫)である。

 

 舞台はニューヨークに始まる。自らの手で営んできた一流料理店を、理不尽なコロナ騒動で閉店に追い込まれ、愛する母親とも仲たがいして落ち込んでいた女性ビリーのもとに舞い込んだ1通のメール。

 それは南部ジョージア州の架空の田舎町ジュリアナからの「ふるさと基金」にもとづく移住の勧誘だった。古風な豪邸がたった百ドルで手に入り、しかも潤沢な公費が新規事業に援助されるという破格の厚遇に、疑念を覚えつつも惹きつけられたビリーは、医師である夫ピーターと10歳の娘メレディスを説き伏せ、住み慣れたニューヨークを離れて移住を決意するのだが……。

 

 美味しい話には決まってウラがある、ではないが、ジュリアナには、秘められた黒歴史があった。時は南北戦争の混乱期、多くの女性や子供たちが、生きながら炭坑内に封印されたのだ。

 

「シャーリイ・ジャクスンに連なるアメリカン・ゴシック・ホラー」という瞠目すべき帯文の、最初のヒントとなるメレディスの次の言葉(本書の序盤に登場)を読みながら、私は卒然と閃いた。

 

「あのねお母さん、わたし、新しいお店の名前を考えたの」

「へえ、どんな名前?」

くじロタリー

 

 そう、海外ホラー好き諸賢ならば、先刻御承知だろう、ジャクスンの恐るべき名作短篇「くじ」(あのS・キングが高く評価したことでも知られている)が、本書の元ネタとして用いられているのである。

 それと同時に、米国南部と忌まわしい秘密というキイ・ワードに接して、私はもうひとつの気になる名前を、卒然と思い出した。

 

 ジョン・ソール!

 

 そう、カーペンターの筆法は、モダン・ホラー黎明期に日本でも数多く翻訳されたソールの作品と良く似ているのだ。あのネチネチヒタヒタと、読むものにまとわりつくような嫌~な書き方よ! ああ、懐かしい。

 

谷崎潤一郎『乱菊物語』

 

 最後にもう1冊、創元推理文庫の意外な新刊を。谷崎潤一郎『乱菊物語』は、あの大文豪が、問答無用の娯楽伝奇長篇に挑んだ、型破りな1冊。何しろ型破りにすぎて、前半(?)のみで中断してしまったほどである。それだけに、あの澁澤龍彥が熱愛してやまなかった作品でもある。未読の向きは、ぜひ!