今月のベスト・ブック

装幀=bookwall
装画=Q-TA

『秋雨物語』
貴志祐介 著
KADOKAWA
定価1,870円(税込)

 

 つい先日までハロウィン・グッズで埋め尽くされていたお店の棚が、アッという間にクリスマス・モードに早変わり……。

 なぜ、そんなことに気づいたかというと、拙著『文豪と怪奇』(KADOKAWA)の発売記念イベントを、神保町の書店さんで開いたところ、ありがたいことに御来場の諸賢より、多くのプレゼントを頂戴したから。名だたる文豪たちの怪奇実体験を紹介した同書のプレゼントというと、さぞや怪しいグッズかと思いきや、可愛いぬいぐるみやお菓子ばかり……さすが皆さん、小生の好みをよく把握していらっしゃる! 御礼申し上げます。

 さて、そんな季節に相応しい1冊が、このほど創元推理文庫から刊行された。編者の夏来健次に平戸懐古の翻訳協力という〈吸血鬼ラスヴァン〉コンビによるアンソロジー『英国クリスマス幽霊譚傑作集』だ。

 冒頭に据えられた文豪ディケンズの「クリスマス・ツリー」は、実は小説ならぬエッセイだが、欧米のクリスマス小説アンソロジーには、再々収録されている定評ある名作。幼少期からのツリーにまつわる妖しげな回想のかずかずを、悠揚迫らぬ筆致で回顧する書きぶりは、さすがに大家のそれである。

 ほかにA・B・エドワーズやJ・H・リデル夫人といった、この種の選集にはお馴染みの顔ぶれも散見されるが、「この分野が最も壮麗に花開いた英国ヴィクトリア朝に材を求めた傑作集」という編纂方針のもと、収録された13篇のうち、実に12篇が本邦初訳という、何とも画期的というかマニアライクというか……なセレクションとなっている。

 翻訳家の南條竹則が編訳に取り組んできた新潮文庫版〈クトゥルー神話傑作選〉が、このほど上梓された『アウトサイダー』をもって全3巻完結した。思えば訳者は学生時代このかた、人生の半ば以上を費やしてHPLの翻訳に取り組んできたわけで、その集大成というべき、ある種の達観を感じさせる訳業である。

 まことに鬼気迫る訳しぶりの傑作短篇「アウトサイダー」と「無名都市」で幕を開け、中盤には「セレファイス」「ウルタルの猫」「銀の鍵」をはじめとするダンセイニ風のハイ・ファンタジーがズラリと居並び、作者がこよなく愛した故地ニューイングランドの風趣が匂い立つ「名状しがたいもの」「忌まれた家」「魔女屋敷で見た夢」で締めくくる、何とも見事な布陣。たしかにこの配列には、前2巻の拾遺集的な性格もあるものの、最もラヴクラフト好みな1巻であるともいえるように思われる。

 南條=ラヴクラフト作品集全3巻を通じて印象に残るのは、やはり全体にバランスの取れた、安定した訳しぶりであろう。英文学者としての含蓄が、さりげなく随所に発揮されている点も、見逃せない。翻訳とは、まず何よりも「日本語」として熟れ、優れていなければならない……という当たり前の事実を、南條訳は再認識させてくれるのである。

 たいそう懐かしい本が「復刊」された。かつて牧神社という、今でいえば国書刊行会みたいな、マニアライクな書物を連発して、怪奇幻想文学ファンの間で一世を風靡した版元から、1976年に上梓された〈ウォルター・デ・ラ・メア作品集〉の第1巻『アリスの教母さま』(東洋書林)である。訳すは脇明子、当時、鏡花研究の才媛としてにわかに注目を集めた方、そして装画は橋本治……「とめてくれるな、おっかさん」の東大駒場祭ポスターで勇名を馳せ、先ごろ惜しまれつつ逝った、あの橋本治その人だ。本書では、ビアズリーの影響が色濃い、最初期の珍しい画風を眺めることができる。

「45年以上前の翻訳がこれほど新鮮に感じられるとは!」……帯に推薦文を寄せた金原瑞人氏の評言に、私も賛同の意を表したい。「謎」「お下げにかぎります」「ルーシー」そして表題作の4篇を収録。

 あの傑作『黒い家』で第4回日本ホラー小説大賞を受賞し、ある意味でその後の「ホラ大」の行方を決定づけたともいえる貴志祐介が、久しぶりに本格ホラーの分野で存分に腕をふるった連作短篇集『秋雨物語』が、刊行された。「餓鬼の田」「フーグ」「白鳥の歌(スワン・ソング)」「こっくりさん」と、ごく短い小品から中篇に近い長さの雄篇まで4作品を収める。

 巻頭の小品「餓鬼の田」は、風光明媚な立山連峰を望む避暑地という舞台設定が利いている。実は「立山地獄」の名でも知られるこの地には、日本版食屍鬼というべき「餓鬼」にまつわる不気味な伝説が遺されているのだった(実話である)。愛する人を何故か得られない呪いに憑かれた青年の、驚くべき独白の物語。「生きながら、地獄に落ちるということ」という怖ろし気な帯の惹句を、いきなり実感させる作品である。

 続く「フーグ」は、解離性遁走という精神医学用語を手始めに、蜘蛛合戦やら瞬間移動やらといった、オカルト的もしくはSF的な趣向が連続する、良い意味での怪作。主人公は小説家で、作中作も登場する。無名の歌手が遺した絶唱に隠された秘密に肉薄する「白鳥の歌」、おなじみの召霊儀式に秘められた忌まわしい謎が明かされる「こっくりさん」……総じて、どこかしら、海野十三や夢野久作など戦前の怪奇探偵小説に通ずる、レトロな味わいの作品集である。