今月のベスト・ブック

 

『予言獣大図鑑』
長野栄俊 編
文学通信
定価2,420円(税込)

 

 どうもこのところ、『わざわい』とか『をんごく』とか、この書評欄のお隣さん(=香山二三郎氏)と、何故かイチオシ本がかぶっていて、光栄に思う反面、いささか忸怩たる感じもあるのは否めない(笑)。
 そこで今回は、いつもとはちょいと趣を変えて、絶対にかぶりそうにない(笑)、異色のチョイスで勝負してみたいと思う!


 ……さすがにもう、一過性のブームも完全終焉したかと思いきや、田舎町の食堂などに行くと壁ぎわなどで、いまだに健在ぶりをアピールしていて、何やら意気盛んな「アマビエ」ちゃん……いわゆる「予言獣」の時ならぬ大流行は、妖怪系の好事家たちを中心に、当事者の予想をはるかに超えた拡がりを見せ、果ては文学界最果ての地で「幻想文学」普及に人知れず従事する小生のような評論家にまで、十年以上前に物した一連の文章を、『クダン狩り』としてまとめさせるほどの得がたい恩恵をもたらした(「ムー」ほかの雑誌でも、予言獣関連の企画を連載させられましたなあ……懐かしや!)。
 まさに、「アマビエ」様々だったのだが、このほど「文学通信」から刊行された『予言獣大図鑑』の編者・長野栄俊(福井県文書館職員)氏には、このにわかブームに対して、やや腹に据えかねるものがあるらしく、「はじめに」で次のように述べている。


 第二のテーマは、2020年の〝アマビエ騒動〟に対するある種の異議申し立てである。この年、新型コロナウイルス感染症の大流行を受ける形でアマビエの大流行が見られた。この大流行がなければ、4人はこうして集うこともなかったわけで、その意味でアマビエには多少の感謝もしている。しかし、われわれは、騒動の渦中にいたものとして、また研究者として、報道に携わるものとして、このアマビエブームを複雑な思いを抱きながら眺めていた。(中略)
 本書は、アマビエ騒動に対するわれわれなりの一定の総括にもなっている、と言えば少し言い過ぎだろうか。しかし、本書を読んでいただければ、2020年の〝疫病退散キャラ〟と19世紀の「アマビエ」資料との相違に気づくだろうし、「アマビエ」が広い予言獣の世界の隅っこにいる、ちっぽけな存在であることも理解できるはずだ。


「広い予言獣の世界の隅っこにいる、ちっぽけな存在」……なんとも言いえて妙ではないか! この予言獣全体に対して示された、編者の愛情の広さと深さたるや!

 ちなみに本書の執筆者は総勢4名──編者の長野氏に加えて、私の『クダン狩り』でも巻末対談でお世話になった「クダン研究の鬼」笹方政紀、精力的に妖怪系小説を発表している作家の峰守ひろかず、毎日新聞記者で「わが国屈指の予言獣ハンター」でもある岩間理紀の四氏である。好きこそものの上手なれ……とは、よく云ったものだ。

 本書は、これまで論者によりまちまちだった「予言獣」を再定義し、神社姫や天彦、クダンなどお馴染みのものから、鳥系や「きたいの童子」系など、あまり馴染みのないものまで全12系統に分類し、それぞれ解説と共に珍しい図版の数々を掲げている点が、何よりの特色となっている。編者も云うとおり、「予言獣の魅力の1つ、その図像の妙をシンプルに楽しんでほしい」「まずは、ページをパラパラめくり、ユルかったり、愛らしかったり、謎だったりする予言獣の姿形を眺めてみてほしい」との勧めに従うのが得策だろう。そこから「予言する幻獣」のいまだ謎多き生態に肉薄できれば、何よりか、と。

 もう一冊(別にダメ押しというわけではないのだが……)、異色の本いや雑誌特集を紹介しておきたい。「現代思想」(青土社)12月臨時増刊号として、このほど刊行された全500頁超の大冊『平田篤胤あつたねである。

 異貌の国学者にして「江戸のオカルティスト」としても近年、再評価の呼び声高い篤胤の新たな魅力をめぐって、総勢38名の論者が、論考と鼎談を繰り広げている。小生も求められて、最晩年の泉鏡花と折口信夫の奇縁をめぐる一文「侏儒のごとき、鏡花の面影……」を寄せたのだが、やはり「幻想文学」系の読者にとっては、巻末にまとめられた『稲生物怪録』関連の論考群が注目だろう。小生も以前から注目している碩学せきがく・杉本好伸氏の「平田本『稲生物怪録』の位相」は、先般上梓された大著『吉祥院本『稲生物怪録』:怪異譚の深層への廻廊』の要約として貴重なものだし、稲生知子氏の「〈稲生物怪録〉の再生産と平田篤胤」も、稲生家の血を引く御子孫の言として得がたいものだ。また、今井秀和「虚と実の垣根を揺らす魔法の書」、木場貴俊「近世怪異文化史からみた平田国学」も、教えられるところ多い論考だった(特にいきなり「きゃりーぱみゅぱみゅ」の話題から始まる今井論文は愉快)。

 私の鏡花論考は、生誕150年を締めくくる企図のもとに書かれたものだが、平凡社からも『鏡花の家』と題する、なかなかにマニアックな生誕記念本が刊行されている。これは鏡花にとってつい棲家すみかとなった「番町の家」の在りし日の姿(戦災により焼失)を偲ばせる、貴重な写真や資料多数を収載した内容。鏡花ファンなら必携の一冊と云えよう。