今月のベスト・ブック

装画=カイ・ニールセン
装幀=柳川貴代

『昨日の肉は今日の豆』
皆川博子 著
河出書房新社
定価 3,300円(税込)

 

 何とも破天荒というべきか、凄まじいものを読んでしまった。

 皆川博子の新刊『昨日の肉は今日の豆』である。

 

 かれこれ10年ぶりとなる作品集だが、短篇小説ばかりではなく、各誌やアンソロジーの類に発表された短小の作品に、童話や俳句まで加えたありとあらゆる皆川印の作品が、網羅されている。

 この壮絶なる博捜・収録ぶりに、もしや、と思ったら、やはり日下三蔵による編纂・解説だった。

 だが凄絶なのは、そればかりではない。

 

「オール讀物」ほかの中間小説雑誌に発表された小説を収めたパート1こそ、いちおう小説らしい体裁を保っているが、その内実たるや!

 冒頭の「薊と洋燈」は、いきなり、こんな始まり方をしている。

 

「左の肩から背にかけて、ミルクのような新生児の肌はかさぶたに覆われていた」

 

 本来なら「愛らしい」とでも形容できそうな赤ちゃんの描写なのに、何だろうこの禍々しさは!?

 それに続くくだりには、これまた唐突にあがた森魚の「赤色せきしよくエレジー」歌詞が引用されている。

 読み進めるうちに読者は、知らぬ間に、皆川魔界の深奥へと誘いこまれていることに気づいて、愕然とすることだろう。

 3作目の「椿と」は、これまた藪から棒に「さびが降り始めた」と始まる。

 

「小錆だからすぐに止むでしょう、と言いながら佐々馬ささばさんは、私の頭の上に片手をかざし、あそこまで走りましょう、と促した」

 

 小錆って、ナニ? 何で錆が雨みたいに降るの? 佐々木じゃない佐々馬さんて、何者よ? ……こういうのを、「まんまと術中にハマる」というのだろう(笑)。

 集中、一二を争う珠玉作「『希望』」に至っては、こうである。

 

「ペットを飼いますか。飼うでしょう。飼います。飼いました。飼っています。何を飼っていますか。ムザムザです。何ですか、それは。名前です。守宮や もりの名前です」

 

 いきなり、これである。誰と誰の会話なのかも定かではない(読み進めれば、分かるのだが)。もう、やりたい放題といってよいだろう。

 皆川がこうした手法を使うのは、これが初めてではない。だが、これほど徹底して、思うさまな書き方をしたのは、初めてのことだろう。

 

 皆川さんは1930年生まれだから、何と御年95歳。それでいながら、2024年には長篇『風配図 WIND ROSE』で紫式部文学賞を、さらに25年には旭日中綬章を受章している。向かうところ敵なし、とは、こういう化け物みたいな方のことを言うのだろう。

 

 バラエティに富むパート2の表題作「昨日の敵は今日の朋」じゃなかった「昨日の肉は今日の豆」は、養老院の老人たちを見舞う不可解な「豆化」現象の恐怖を描いた、SF的な趣向の物語。突拍子もない始まり方をしていても、最後まで読むと、きちんと首尾一貫しているのがまた、皆川作品の凄味である。「編者解説」で監修者である私のことにまで触れていただいた、〈怪談えほん〉のために書かれた童話「しらない おうち」は、こんな終わり方をしている。

 

「むしたちは、ながい ながい ながい はしごを つくった。おつきさまに とどいた。はしごを のぼった。
 めが さめたら」

 

 嗚呼、この素敵な(ちょっと怖いけど)夢が、いつまでも、さめませんように!

 

 最後に、いっけん地味に見えるけれど、細部までこまやかな意匠の凝らされた柳川貴代さんの卓抜な装幀と、「世界の反転と喪失のなか独り生き続ける人々に一瞬の光が射す」という皆川魔界を集約するような言葉を記した編集Iさんにも、拍手を!

 

 こんな凄まじい作品集に続けて、他の作家さんの新刊を取りあげるのは、何だか失礼な気がするので(笑)、たまたま出たばかりの自分の新刊の話を書かせていただく。

 

 私が「怪と幽」で続けていた美術関連の連載が、このほど1冊にまとまった。『怪奇の文芸、妖美な絵画 文豪たちと画家たち』である。

 

 驚くべきことに、なんと本文までがフルカラー印刷。なにしろ自分にとって、初の美術関連書だからなあ、せめて図版くらいはカラー印刷にしたいなあ、でも経費がなあ……と、なまじ自分も編集者で、苦しい台所事情を知っているだけに、内心うだうだ考えていた私の逡巡を見透かしたかのごとき、編集μと角川書店さんの素晴らしい英断に、これまた拍手を。

 

 本書で取り上げた画家たちと文豪たちの名前を記しておこう。

 鏑木清方・小村雪岱と泉鏡花、村山槐多・竹中英太郎と江戸川乱歩、芥川龍之介、甲斐荘楠音と泉鏡花・岩井志麻子、橘小夢と皆川博子、水島爾保布と谷崎潤一郎、藤牧義夫とウルトラQ(小山内美江子ほか)、葛飾北斎、建石修志と「幻想文学」。

 帯文にも記してあるように、まさに文豪と名画家とは不即不離の間柄なのです!