今月のベスト・ブック

装幀=青柳奈美
『幽民奇聞』
恒川光太郎 著
KADOKAWA
定価 1,980円(税込)
国書刊行会の編集局長だった礒崎純一さんとは親友同士だと伺いましたが?
若い編集者からよく聞かれる質問である。とんでもない、むしろ不俱戴天の仇敵ですよ! と答えたいところだが(笑)それも大人気ないなと、「いやいや、単に付き合いが長いだけで、そんなに親しいわけじゃないんですよ」と、煮え切らないお返事をするようにしている。
そんな礒崎氏の新刊『幻想文学怪人偉人列伝』(筑摩書房)が刊行された。私の名前もあちこちに散見される本だが、例によっての噓八百、もとい一読、幻想文学読者を清らかな感動へと誘う1冊となっている。
本書は、著者が編集者生活の過程で出会った名だたる「怪人偉人」たち──澁澤龍彥を筆頭に、松山俊太郎、種村季弘、矢川澄子、橋本治らの先人たちに加えて、須永朝彦、山尾悠子、南條竹則ら世代の近い文人たち、さらには国書刊行会元社長の佐藤今朝夫まで加えたラインナップとなっている。
特に佐藤社長は〈世界幻想文学大系〉の隠れた生みの親であり、多くの幻想文学ファンにとっては、感謝してもしたりないような人物である。酒にまつわる逸話の数々でも知られる。こうした傑物の知られざるエピソードが読めるのは、本書の特色のひとつといってよいだろう。
これは大仰でも冗談でもなく、佐藤社長なかりせば、怪奇幻想文学の現在の隆盛はあり得なかった(ただし礒崎氏は「怪奇」系は苦手で、どちらかと云うと私の領分。国書では松井氏や藤原氏の得意分野)といってもよいだろう。
そんな国書の路線を、近年メジャーなところで継承している感のある角川書店だが、今月は出るわ出るわ、凄まじい勢いで怪奇幻想系の新刊が目白押しである。
まずは恒川光太郎の連作集『幽民奇聞』から紹介しよう。
主人公、というより「狂言廻し」役を務めるのは、どことなく若き日の柳田國男を彷彿させる民俗学徒・鶯谷玄也と美術商の武田徳郎の同級生コンビ。
鶯谷は「キ」と呼ばれる謎の一族を追って調査研究に余念がない。今回は「キ」の痕跡を残す絵画を探訪するために、とある旧家を訪問した。
ちなみに「キ」と呼ばれる妖しい一族と云えば、泉鏡花のファンならば、鏡花の初期作品「蛇くひ」(旧題「両頭蛇」)に登場する「オウ」の連中を想起されるかもしれない。
恒川作品では、文明開化の時代につかのま歴史の狭間に現れ、薩長軍に一泡吹かせるかたわら、「鬼婆」や「狒々」といった奇怪な山中の住人とも親交深い一族とされているが、その発想の根幹には鏡花の影が認められるようにも思う。東北や北陸が物語の主要な舞台となる点も、富山が舞台の鏡花作品と、一脈通ずるし、ね。
日本史の彼方の闇へ去っていった謎の一族の物語である『幽民奇聞』は、得がたい物語作家としての恒川の真価が発揮された作品として、強く記憶に残る。
『幽民奇聞』は「怪と幽」に一部が発表された作品だったが、もうひとつ「怪と幽」の掲載作を。山白朝子の『スコッパーの女』だ。 こちらも連作集だが、「小説家小説」とでも云うのか、小説家が語り手となる作品が集められている。担当編集者は、本書に付された案内文の中で「おすすめは最後に収録されている『スコッパーの女』。ですが最初から順番に読んでほしいです。最後の1行まで気が抜けない、極上の恐怖体験をお約束します!」という異例の言葉を記しているが、おすすめに従って読んでいったら、なるほどラストの1文で愕然とさせられた。途中、「怪と幽」の誌名も登場しているので、何となく予想はしていたのだが……。いかにも山白朝子らしい「仕掛け」のある話、とだけ、ここには記しておこう。あとは読んでのお愉しみである。
あ、ちなみに「スコッパー」という職業(?)が本当にあるのかどうか、筆者はよく存じません。
さて、最後は、長らくお待たせの1冊を。シリーズ〈怪談えほん〉の最後の1巻としてずいぶん前に作者名も発表されていながら、諸般の事情により、大幅に刊行が遅れていた藤野可織・文、さかたきよこ・絵『どんな いえ?』(岩崎書店)が、ついに、ようやくにして、ここに上梓された(内情を知るひとりとして明言しておくが、刊行が遅延した責任は、決して藤野さんやさかたさんにはありません!)。
物語は、何の変哲もない児童公園で幕を開ける。
「いえに かえろう。/はやく かえろう。」
ところが……「あれ いえが ない。」
主人公の少女が、自宅に着いてみると、そこには……あるはずの家がなかった!
そこから、加速度的に、物語は混迷の縁を転がり落ちてゆく。ころころころ。
明るい家? 暗い家?
あたたかい家? うるさい家?
さかたさんの描く家たちの、それはもう、極めつけに恐ろしいことと云ったら!
本書の到着と前後して、担当編集者から連絡が来た。「続刊決定です」やった! ご愛読に感謝。




