今月のベスト・ブック

『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』
エルンスト・ラウパッハ
カール・シュピンドラー他 著
森口大地 編訳
幻戯書房
定価4,620円(税込)

 

 夏来健次ほか編訳『吸血鬼ラスヴァン 英米古典吸血鬼小説傑作集』と、小生編の『吸血鬼文学名作選』が、ともに東京創元社から刊行されたのを機に、「図書新聞」誌上で昨年、時ならぬ吸血鬼文学大特集が組まれたのは記憶に新しいが、先ごろ刊行された森口大地編訳『ドイツ・ヴァンパイア怪縁奇談集』(幻戯書房)などを見るに、どうやら昨今の吸血鬼ブーム、本気で世界的な拡がりを見せているらしい。

 おっと、うっかり我が国の長年にわたる習慣に則り、「吸血鬼ブーム」などと表記してしまったが、そもそも同書の編訳者である森口先生によれば、〈訳者は、「吸血鬼」という日本語の単語を研究上ではみだりに使用すべきではないと考えているので、本書ではすべて「ヴァンパイア」を用いた。(略)「吸血鬼」という単語は、吸血という特性のみをあまりにも強調しすぎる〉とのことなので、安易に「吸血鬼」を連発すると、お叱りを受けそうである(笑)。まあそれは編訳者も言うように、あくまで「研究上」のことであって、我々一般人が普段使いする分には、特に問題はないともいえるのだが(そもそも乱歩大先生の立場が……!?)。しかし、このいかにも気鋭の学究らしいこだわりには、大いに敬意を表しておくべきだろう。

 さて本書は〈1820~30年代という、ポリドリの『ヴァンパイア』ブームの余波が冷めやらぬ時期に発表された未邦訳の作品〉(収録された7篇は、すべてドイツ語圏の作家・作品である)〈ポリドリからの影響が明らかなものと、ポリドリからの影響が不明ないし見られないものの両方を含むこと〉〈分量がある程度短いこと〉の3点を、作品選択の基準にしている。かなりピンポイントな(いかにも学者さんが好みそうな?)セレクションだが、にも拘らず、これほど多彩な内容になるとは……ポリドリ作品の影響の甚大さが窺えるだろう。

 古怪なラウシュニクの「死人花嫁」(先ごろ待望の邦訳が実現した、ラウン版『幽霊綺譚』(国書刊行会)所収の同名作品「死の花嫁」との関連や、いかに?)で幕を開け、ラウパッハ「死者を起こすなかれ」、シュピンドラー「ヴァンパイアの花嫁」と続き、あの「ドラキュラ」に先駆けて、串刺し公ヴラドを登場させた、クリスマーの怪作「ヴァンパイア ワラキア怪奇譚」で締めくくる、全7篇。巻末に掲げられた長めの訳者解題「ヴァンパイア文学のネットワーク」も必読だ。

 古き良きヴァンパイア小説集に続いては、短い幽霊譚全百話を収めた米国作家ケヴィン・ブロックマイヤー『いろいろな幽霊』(市田泉訳/東京創元社)を御紹介。

 幽霊譚の本場・大英帝国では、冬の夜半、家族が暖炉を囲んで怖い話に興じる良き伝統があるけれども、果たして米国にも、いわゆる「百物語」的な伝統が存するものなのかは……よく分からない(笑)。少なくとも本書を閲するに、作者は〈理系の緻密な思考力と、文系のしなやかな想像力〉(柴田元幸氏の推薦帯文より)を共存させることで、人間のみならず、ゾウや白馬や植物たちにまで及ぶ、まことに多種多様な「この世とあの世」の姿を描き出して見せてくれる。それを100篇……まずはこの、気の遠くなるような労苦の作業に「お疲れさま!」と言葉を掛けたいと思う(いや、掌篇て大変なのよ、1篇1篇に細心の注意と時間がかかるから……これは『てのひら怪談』を校閲しての実感)。

 邦訳版の解説を、『てのひら怪談』シリーズでお馴染みの作家・勝山海百合さんが書いているが、〈本書はこのような短いが濃厚な掌編が連なる1冊で、悲しさが漂っていたり、(略)可笑おかしみがあったり、広大な宇宙の一隅で永遠の孤独をかこつような寒さもあったりする〉と、まさに本書の特色を鋭く言い当てているのは、さすがである。

 さりげなく良書を刊行している烏有書林から、畑中智子『百鬼夜行する中世文学──作品購読入門』が出た。一見、大学の教科書本のようにも見えるが、実はこれ、本欄の愛読者のような「怪奇幻想文学好き」にターゲットを絞った、日本中世の読書案内なのである。〈鬼尽くしの中世文学講座〉という帯の煽り文に、その素性は、すでにして明らかなのだが。

 随所に挿入された挿絵・図版類も、明らかに「そちら、、、」系の好事家を意識したもので、大いに目を楽しませてくれる。もちろん本来の目的(?)である中世文学ガイドとしても、十分に役に立つ本なので、ぜひ御一見のほどを。

 最後は、心愉しいバラエティー本を。本の雑誌社から『絶景本棚3』が出た。本好きで知られる各界有名人の蔵書を、美麗な写真で紹介する、実に思いきりのよい(この版元ならではの)企画である。

 なぜ、わざわざ3巻目を取り上げるのかというと……不肖ワタクシめの本棚も、取り上げられているからだ!(笑)まあ、小生の場合、故あって現在、石川県の金沢市に住まいするため、蔵書もごく一部、当座の仕事で必要な分と、あとは折に触れ眺める愛読書の類に限られてしまい、お恥ずかしいのだけれども……(書棚のあちこちに、恐竜など妙な生物のぬいぐるみが置かれている酔狂な家は、拙宅くらいかと思ったら、他にも意外に同好の士がいらして、頼もしく思った次第)。