今月のベスト・ブック

装幀=金井田英津子

『はるかぜ蕪村 画本・春風馬堤曲』
金井田英津子 絵と文
与謝蕪村 原作
深夜叢書社
定価 4,950円(税込)

 

「蕪村は、永遠に新しい」

 

 版画家の金井田英津子による久々の画本新刊『はるかぜ蕪村 画本・春風馬堤曲』ひもといた瞬間から、私は憑かれたように、右の言葉を譫言うわ ごとめいて繰り返すこととなった。

 

 俳聖・松尾芭蕉が、近世俳諧の大いなる大成者だとすれば、与謝蕪村は、近代以降の詩歌の動向に誰よりも早く目配りをした「俳諧の革新者」であったと、切に思う。

 

 彼が遺した妖怪画の秀逸な連作などを見るに、その並々ならぬ「おばけずき」ぶりも注目されるところだろうが、詩歌における代表作『春風馬堤曲』を、金井田が柔らかく、かつ、瑞々しい筆致で、現代の文章と絵に置き換えて再話した本書の、見るものの胸をキュッと締め付けるような切ない美しさは、まことに比類がない。作者の言葉を引こう。

 

「発句」「漢詩」「漢文直訳体」を組み合わせた、特異な詩形が特徴で、その独創性と豊かな詩情は、時代が明治へと変わるなか、島崎藤村、萩原朔太郎といった近代の詩人たちによって高く評価され、熱烈に支持されました。(中略)

 

 蕪村の筆は、はじめて故郷に帰る少女の移ろいゆく心情を、陽光うららかな春景色の中にみずみずしく表現していて、若い頃からこの詩を愛好してきたわたしはいつも同じ「春、また春……」のところで感極まってしまうのです。

 

 蕪村が藪入りの少女に自らの思いを重ねたこの作品は、2世紀半の隔たりを超えてわたしたちの郷愁を呼び覚まします。

(金井田英津子「あとがき」より)

 

 願わくは、この清新な魅力を湛えた画本によって、蕪村の世界に触れる新たな読者が、1人でも多く誕生しますように!

 

 実は本書には、もう1つの注目ポイントがある。版元が「深夜叢書社」である点だ。設立者の齋藤愼爾氏が急逝されたあと、てっきり潰れたかと誤解していた同社に後継者がいらして、金井田さんに「齋藤が健在ならやってみろと言うはずだ」と語り、それが決め手となっていったん宙に浮いた(そのせいで刊行が大幅に遅延した)同書の出版が決まったのだそうな。

 

チャールズ・H・フォート『呪われし者の書』

 

 金井田作品のみならず、今月は長らく邦訳が待ち望まれた「伝説の1冊」が他にも刊行されている。国書刊行会のチャールズ・H・フォート(南山宏訳)『呪われし者の書』が、それだ。同書の近刊予告が出されたのは、なんと1984年、〈超科学シリーズ〉の1冊としてだった。以来、待てども待てども同書が刊行されることはなく……まあ翻訳を諦めなかった南山氏もさることながら、じっと訳稿の完成を待ち続けた国書も偉い。フォーティアン(=熱烈なフォート・ファン)という言葉が生まれるほど、熱いファンを有する著者の伝説のデビュー作が、かくして日本の読者にも解禁されたわけだ。あのラヴクラフト御大をはじめ多くの作家たちに愛されたフォートの、癖の強い文体で綴られた本書を、ぜひともお試しあれ!

 

澤村伊智『ざんどぅまの影』

 

 今月のホラー読者へのオススメ本は、なんといっても澤村伊智『ざんどぅまの影』(KADOKAWA)だろう。帯には「〈比嘉姉妹〉シリーズビギニング」の文字が躍っているが、看板に偽りはない。本書は、比嘉姉妹の現在のかなめである比嘉琴子の祖母にあたる比嘉勝子が、沖縄人の第二の故郷となった関東地方のある町を、この世ならぬ存在の魔手から護ろうとする話なのだから。

 

「夜になると、びしょびしょのお化けが、人を襲って、殺して回っている」

 

 なんとも気色の悪い「海から来る魔物」と戦う主人公の1人は、この街に流れ着いた孤独な青年・佐久間篤(沖縄出身ではない)。だが、物語は単純な勧善懲悪には陥らず、とりわけ後半部で、意想外の展開を示してゆく。これは迫害されるアウトサイダー(=余所者)たちの、悲惨極まりない物語なのだ。あたかも関東大震災における朝鮮人虐殺の悲劇を連想させるような……。

 

 同時に本書は、シリーズ第1作『ぼぎわんが、来る』の映画版で、思いのほか呆気なく倒されていった霊能者たちへの、作者による鎮魂賦のようにも感じられる。

 

内田 百閒『ツィゴイネルワイゼン 百閒怪異作品集』

 

 最後は私自身が編纂したアンソロジーを。 平凡社ライブラリーの今年の新刊『ツィゴイネルワイゼン 百閒怪異作品集』だ。幸いにも御好評をいただいた『百鬼園百物語 百閒怪異小品集』に続く第2弾だが、今回の眼目は、ひとえにパート一の「映画『ツィゴイネルワイゼン』に捧ぐ」にある。これすなわち「サラサーテの盤」や「山高帽子」を原作とする映画『ツィゴイネルワイゼン』の監督である鈴木清順に捧ぐ、という意味であり、右の映画に関連すると私が判断した百閒作品を集成してみたのである。〈文豪怪異小品集〉シリーズも、早いもので本巻で15冊を数えるが、このシリーズを企画した動機の最たるものが、映画版を書籍上で再構成したい、という本巻の構想だった。

 

 ちなみに、つい先日、仕事で島根の松江に行った。収録作の1つ「菅田庵の狐 松江阿房列車」の舞台である名所「菅田菴」も気になったのだが、結局、行かなかった。別に、妖狐に化かされるのが怖かったわけではないのだけれど……。