今月のベスト・ブック

装幀=鈴木成一デザイン室
『珈琲怪談』
恩田陸 著
幻冬舎
定価 1,980円(税込)
恩田陸の新刊『珈琲怪談』は、柳川を舞台にしたSFホラーの名作『月の裏側』や、奇妙な味の連作集『不連続の世界』に登場したユニークな「巻き込まれ型」の登場人物「塚崎多聞」を、堂々の主役に据えた連作短篇集で、タイトルのとおり、珈琲すなわち喫茶店をメイン舞台に、多聞たち 4人の中年男性が本業そっちのけで、昼間から怪談を語り合う……という趣向の、少なくとも、「おばけずき」諸賢にとっては、まことに心愉しい連作集となっている。
しかも、京都を振り出しに、横浜→神田神保町→神戸と来て、最後にまた京都へ。歴史ある古い街で、メンバーが候補に定めた由緒ある喫茶店に陣取り、とっておきの怪談話を代わるがわる披露する……という趣向がまた嬉しいところ。
実は我が身を顧みても、「東日本大震災」を契機に始まった「ふるさと怪談」の連続イベントで、いわゆる「美観地区」などと命名された古くて歴史ある街並みを大切に守っている人々が暮らす地域で、怪談や妖怪の伝承もまた、しっかり保全されてきた……という事実があるのだ。
私もまた、右に掲げた京都や神戸のような土地が大変な「喫茶店過密地帯」であることは先刻承知で、実際、それぞれの地域に行きつけの店が2、3軒ある。特に最後に言及される京都御所近くの某店は、「あ、あそこだな!」とすぐにピンときたほどの有名店で、他にも実際に作中でモデルとされた店を特定することが可能である。
そこで披露される怪談話の具体的な内容は……これは「読んでのお愉しみ」とさせていただこう。怪談のネタを事前に明かしてしまうくらい、興ざめな行為はないのだから。いずれも「怖い」系と「不条理」系が巧みに混在する、作者とっておきの怪談話であることは保証しておきたい。さすがはかつて、稀代の名アンソロジー『新耳袋コレクション』を編んだ恩田氏ならでは、だ!
『黒爪の獣』に続く、加門七海の〈新宿呪術〉シリーズ第2弾となる『蠱囚の檻』(光文社文庫)が刊行された。
タイトルにも暗示されているように、今回は、作者お得意の「蠱毒」がテーマである。前作で初登場した、憂い顔の美形兄妹の占い師コンビと、新宿警察の剛腕刑事という凸凹ペアが、今回も大活躍を見せる。
依頼を受けて、中国で「蠱」と呼びならわされる一種の「使い魔」的な存在(日本では「クダギツネ」ほか様々な呼称があって「憑物」と呼ばれる)を、狙う相手のもとに差し向けて呪殺するという、世にも恐ろしい呪術師が、新宿に出現したらしい!?
突如、強烈な下腹部の痛みに見舞われた刑事の魚名は、朦朧とする意識のなか、柘植兄妹の暮らすマンションに転がり込み、兄の悠希の懸命な介抱で、何とか一命をとりとめることができた。
事件の背後に不気味に浮かび上がる、謎めいた容疑者の影……。悠希は、魚名の症状に「蠱毒」の介在を疑うのだが、うっかりバイト先の同僚(中国出身の料理人の好青年)にその件を漏らしたことから、さらなる殺害事件を招いてしまう。
占い師と刑事のコンビは、新宿の夜の闇で連続する「死」の連鎖に、終止符を打つことが出来るのか。
この新シリーズ、200ページ台でそこそこ読みやすいこともあってか、かつての加門作品に較べると、格段にリーダブルな印象を受ける。メリハリのしっかりした、刑事ドラマ的な構成も実に分かりやすい。適度な刈り込みが為されることで、新たな魅力が際立つ作品となっているように思われる。
人気装画家エドワード・ゴーリーのイラストで飾られたフローレンス・パリー・ハイドの絵本『ツリーホーンのねがいごと』(三辺律子訳・東京創元社)が、『ツリーホーンのたからもの』に続いて刊行された。これで〈ツリーホーン〉シリーズの全3冊が、無事に顔を揃えたことになる。
日常の隙間にひょいと顔を覗かせる「異世界」の姿を、独特のポーカー・フェイスで描き出すこの連作、今回も主人公が庭で見つけたつぼの中からジン(アラビアン・ナイトでおなじみの精霊)がモワッと唐突に出現したりして何とも奇妙な展開となる。誕生ケーキを独り味わう主人公の姿、味わい深い!
今は亡き雑誌「幽」でえんえん長期連載された小池壮彦の『日本の幽霊事件』と続編の『東京の幽霊事件』が、このほど合体・合本化されて『【完全版】日本の幽霊事件 封印された裏歴史』(角川ホラー文庫)として再刊された。嬉しいことである。
それこそ現代における怪談実話の黎明期から、一貫して充実した著作を世に出してきた著者の作品の中でも、本書は「代表作」の名を冠するに値する、まことに充実した1巻だからである。
日々変貌を遂げつつある大東京のそこここに、もはや忘れられたかのようでいて、その実、忘れられることなく、折にふれ幻影めいて出没する、あやしの影……。その確かな痕跡を、著者は、丹念な現地取材と細かい文献の博捜によって、鮮やかに浮かび上がらせてゆく。
まさに「裏返しの東京史」というべき側面もある好著である。