今月のベスト・ブック

装幀=鈴木久美
『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』
永井紗耶子 著
双葉社
定価 1,980円(税込)
『木挽町のあだ討ち』で話題を呼んだ直木賞作家・永井紗耶子の新作『めぐる糸 明治浪漫霊異譚』が、双葉社から刊行された。
死者たちの姿を、否応なく「視て」しまう霊能体質の帝大生・斎木啓吾と、流行の心霊学に傾倒しながら、霊を視ることのできない華族の次男坊(にして帝大生でもある)連翹寺正周の凸凹コンビが、明治末の帝都を騒がせる不可解な心霊事件に、(啓吾はイヤイヤ、正周はノリノリで)関わってゆく連作短篇集。苦学生で面倒な霊現象を避けたがる啓吾と、根っからのボンボンで好奇心旺盛な正周という何から何まで対照的な両者が、互いに反発しながらも、死者たちがこの世に遺してきた「未練」に惹かされて、その解決を志向するという、単純な勧善懲悪ではない、奥行きを感じさせる物語だ。
本書の担当編集者は、「全ッ然、怖くないですから!」と前半を特に強調して(笑)私に本書を謹呈してくれたが、どうして、これは現代日本に出現した一級品の「優霊物語」(=ジェントル・ゴースト・ストーリー)だ。結末で思わずホロリとさせるこの味わい、ちょいと、浅田次郎御大を思わせる。
特に一話目の「ロマン髑髏」は、西南戦争の悲惨な内戦の記憶を蘇らせる。その当事者だった人物たちが、啓吾自身と意外な繫がりがあって……という結末のタネ明かしも、余韻を感じさせる。ちなみに、このタイトル、明治日本で最初の本格霊異小説として知られる幸田露伴「対髑髏」への、さりげないオマージュかしらん、などとも思ってしまった。おばけずき諸賢必見の快作である。
NHKの朝の連続ドラマ『ばけばけ』の良き影響なのか、今月はなぜか同時代の明治が舞台の作品が多い。白鷺あおいの『イザベラ・バード、日出ずる国で妖怪に出会う』(創元推理文庫)も、その1つ。英国の上流階級出身で、女性紀行作家の先駆けともなったこのイザベラさん、驚くなかれ実在の人物で、明治11年(明治23年に来日したハーンより10年以上も早い!)に来日、横浜を起点に東北地方から北海道へと向かい、旅行記『日本奥地紀行』1巻を著している。もちろん、旅の従者となった日本人青年・鶴吉が、スパイもどきの剛の者だったとか、英国由来の小妖精2人組をひそかに従えていた……とかは、本書の著者による愉快なフィクションだが、旅先が妖怪伝承の宝庫たる東北とあっては、単なる作家的想像力の産物とはみなしがたいところもある。とりわけ1話目「ルーム・チャイルド」で、バード一行が遭遇するのは、地元で「お菊さん」と呼ばれる、童女の姿をした可憐な「座敷童子」である。柳田國男の『遠野物語』や宮沢賢治の作品などでもおなじみだろう。ここで少し脇道に入るのだが、実は小生、雑誌「幽」の取材で東北・遠野方面を旅した際、現実の「ザシキワラシ」と遭遇した(かも知れない)ことがあった。そこはワラシが今でも「出る」と噂される旅館でのこと。同宿した(もちろん部屋は別)某女性作家から直接聞かされたのだが、深夜、彼女がふと目を醒ますと、室内の暗闇を球状の光がふわふわ飛んでいて、それを見た瞬間、「あ、ザシキワラシだ!」と、なぜか直感したのだという。光球は、同室していた某女性カメラマンの上空を漂っていたのだとか……。
本書の1話目を読んでいて終盤、思いがけない誘拐・追跡劇となり、次のような一段が繰り広げられることになるのには驚かされた。
なにやらぶつぶつひとりごとを言っていたイザベラがいきなり立ちあがったのを見て、鶴吉は思わず身を引いた。イザベラは腕まくりをして、高らかに宣言した。
「蛍を捕まえてオキクサンのところに持っていくわよ。手伝って」
「……どういうことですか?」
「オキクサンが欲しいって言ってるの。ご主人にも伝えて。手伝ってもらわないと」
闇の中で妖しく明滅する蛍の大群と、この世ならぬザシキワラシの鮮やかな対比! 実に印象的な名シーンであり、この後で展開される、さらに予想外の展開にも直結する場面なのだが、この一節を読んだ私が、ゆくりなくも想起したのは、先に記したような不可思議な目撃談だった。
松江の寒さにあっさり白旗を上げた八雲に比べると、アイヌ文化探求のため北海道に乗り込んだバードさんの熱意には、本当に頭が下がる。両者に共通していたのは「書くひと」としての、ひたむきな情熱だろう。八雲/ハーンに関心を抱いた方には、その先達というべきイザベラ・バードの業績にも、この機会に目を向けていただけると、嬉しく思う。
今月は、ジェントル・ゴースト系のほのぼの明治怪異譚が続いたけれども、荒俣宏ひさびさの長篇小説である『文明怪化奇談』(KADOKAWA)は、全編が夥しい噎せ返るような屍臭に覆われた稀代の怪作。特に前半で圧倒されるのが、葬儀に際して営まれる手順の描写の数々。函館五稜郭における激戦から物語は幕を開けるのだが、戦死した幕府方の侍の遺骸が冷凍保存されることに。その経緯が詳細に描かれ、それが博覧会場に展示された大型冷蔵庫と結びつく、この奔放な奇縁よ!



