今月のベスト・ブック

装幀=大路浩実 装画=小村雪岱

『綺羅と艶冶の泉鏡花〈戯曲篇〉』
泉 鏡花 著/東 雅夫 編
双葉社
定価1,100円(税込)

 

 双葉文庫の〈文豪怪奇コレクション〉シリーズも早いもので、今期の新刊『綺羅と艶冶の泉鏡花〈戯曲篇〉』で、5冊目を数えるに到った。漱石に始まり、乱歩、百間、鏡花とまさに堂々たる文豪揃い。アニメや漫画の影響で文豪ブームが盛り上がる現在、名だたる文豪たちの幻想と怪奇の名作群を、おそらくは業界最安値で(!?)コレクションできるシリーズである。ぜひとも御愛読をお願いしたいものだ。

 お買い得という点では、今回の鏡花代表戯曲集成、その典型といってよかろう。長らく待望された映画版DVDの発売で、何かと話題の「夜叉ヶ池」(篠田正浩監督/坂東玉三郎主演)をはじめとする妖怪戯曲三部作を中心に、その原型となった初期の戯曲「沈鐘」や「池の声」、あの三島由紀夫が澁澤龍彦とともに賞讃を惜しまなかった晩年の「山吹」や「お忍び」など、鏡花戯曲の精華たる8篇を1巻に収める、大廉価版である。〈綺羅〉と〈艶冶〉という形容がふさわしい、なんとも色っぽく、妖艶な台詞回しの妙に、しばし酔い痴れていただきたいと思う。

 古典ばかりではない。双葉社文芸からは、幻想文学読者注目の最新作が登場している。小田雅久仁の短篇集『残月記』だ。

 作者については、日本ファンタジーノベル大賞やTwitter文学賞の受賞者……と紹介するよりも、多くの正調幻想文学読者にとっては、あの凄まじい傑作「よぎりの船」(電子書籍のみ刊行中)の作家の最新作が、ついに出現……とアナウンスしたほうが、通りがよいのではなかろうか。

 本書は、中島敦の名作「山月記」をどこか連想せしめるタイトルにも暗示されているように、人を苛烈な狂気へ誘ってやまない、異界としての〈月〉(松岡正剛や荒俣宏らのルナティック・ソサエティを、何となく連想)をテーマにした3つの連作短篇で構成されている。

 巻頭の「そして月がふりかえる」は、「よぎりの船」にも一脈通ずる、作者ならではの奇妙な家族小説でもあるのだが、続く「月景石」は、おいおい山尾悠子かよ……と突っ込みたくなるような、選び抜かれた言葉のみで構築された、情け容赦のない異世界小説の趣がある。そして「小説推理」に4回にわたり連載された、巻末の中篇表題作たるや……令和日本の危うい現状を鮮やかに照射する、極上の疫病文学にして恋愛譚の傑作となっているのだ。虚構の近未来を、言葉のみを操って美事に書きおおせた……いやはや、おそるべし、小田雅久仁!

 さて、先ほどチラリと三島由紀夫の名前を出したけれど、その三島が壮烈な最期を遂げた1970年の冬に、作家デビューを果たしたのが、赤江瀑だった。そのデビュー50周年を記念して全3巻で刊行されたアンソロジー選集〈赤江瀑アラベスク〉が、このほど出た3巻目『妖花燦爛 赤江瀑アラベスク3』(東雅夫編/創元推理文庫)で、無事に完結を迎えた。

 今回の選集の特色は、やはり後期の作品の紹介に重きが置かれている点だろう。赤江というと、どうしても初期の『獣林寺妖変』や『ニジンスキーの手』『オイディプスの刃』などの印象が鮮烈すぎて、復刊についても、そちらの収録紹介に傾きがちな傾向があるけれども、後期の作品群にも、むろんのこと、多くの妙趣を感じさせる名作佳品が少なくない。初期の名作群は、すでに小学館から電子書籍として刊行されているので、今回は心おきなく、後期作品の発掘紹介に時間を割いた次第である。

 中川学による〈桜娘〉の艶姿あですがた(カバー装画参照)が印象的な今回の3巻目では、巻頭から「平家の桜」「桜瀧」「春の寵児」といった、春の花尽くし……妖しくも虚無の美を湛えた作品世界を謳歌する作品群が、ズラリと居並んでいる。また、巻末に置かれた晩年の逸品「めて」は、冒頭に澁澤龍彦「優雅な屍体について」(『エロスの解剖」所収)からの引用が、さりげなく据えられているのが目を惹く。鏡花や三島作品への偏愛ぶりともども、晩年の赤江が、何処を見詰めていたかが窺われるような気がしてならない(そのあたりの消息に関しては、1巻目で実現した長篇アンソロジー『天上天下 赤江瀑アラベスク1』所収の著者インタビューが、参考になるだろう)。

 最後は、ノンフィクションの秀作を。

 英国民のおばけ好きな国民性は、近年日本でもようやくポピュラーになりつつあるようだが、移民の国たる米国もまた、英国におとらぬ〈おばけ大国〉であることは、たとえば近年のスティーヴン・キング父子らホラー作家たちの活躍ぶりを見ても明らかだろう。

 自らも作家であり幽霊研究のエキスパートでもあるコリン・ディッキーの大冊『ゴーストランド──幽霊のいるアメリカ史』(熊井ひろ美訳/国書刊行会)は、魔女狩り事件で有名な東部のセーラムに始まり、西部カリフォルニアのウィンチェスター屋敷などを経て、21世紀のカトリーナ台風の被災地や電脳空間に到るまで、およそ300年を超える建国以来の幽霊屋敷伝説の現場を、著者自らつぶさに踏査して成った労作である。

 全米各地に伝わる幽霊たちの伝説には、この国の失われた歴史が潜んでいる……と主張する著者の冷静な筆運びが何より印象的だ。