今月のベスト・ブック

装幀=坂野公一+吉田友美(welle design)
『花檻の園』
北沢陶 著
KADOKAWA
定価 1,925円(税込)
まずは先月の、角川書店による「怪奇幻想文学」大攻勢の続きから。最近の角川ホラーにおける注目株の1人、北沢陶の長篇第3作『花檻の園』が出た。衝撃的だったデビュー作『をんごく』、その異形度に、より一層の磨きをかけた観のある『骨を喰む真珠』に続く本書は、やはりこれまでと同様、大正期の大阪を舞台とするものの、テーマは一転して、何と学園もの、それも美しいまま早世した姉の面影が忘れられない、シスコンのイケメン(同学年の男たちに、モテまくること! この時代の「武張った」空気が、うまく反映されているような気も)が、主人公である。地元・通天閣界隈の商店街の雰囲気も、巧みに再現されている(フランク永井「大阪ぐらし」に出てくる「坂田三吉 端歩もついた」ってヤツね!)。
それだけなら、ただのうだうだシスコン・ドラマだが、尋常でないのは、主人公の身体から季節の花々が生え出し、妖しくも咲き誇る……という異様な設定だろう。あえて「花檻=花の監獄」と銘打つ由縁だ。
私は本書を読みながら、大坪砂男の「零人」や安部公房の「デンドロカカリヤ」を初めとする「植物幻想譚」の妖艶なる系譜(あの澁澤龍彥が殊のほかお気に入りで、自身のアンソロジーに好んで採録したモチーフ!)を認めては、無性に嬉しくなったものだ。
もうひとつ、かつての「大」大阪を象徴する場所として、本書の中でたいそう魅力的に描かれているのが、幻影の「ルナパーク」である。ルナパークと云えば、落語研究の泰斗として知られた正岡容の短篇「ルナパークの盗賊」(1921)が唯一無二の文学作品として有名だが、北沢の『花檻の園』は、実に百年近くを経て、このルナパークの良き(=妖しき!?)文学的伝統を、現代に蘇らせる試みか。大正期に特有の、懐かしくも、一度かぎりのトキメキよ!
空蒼い4月下浣のことであったが、そのO都会の花やかな歓楽街には、世にも多彩な尖塔と世にも奇天烈な、例えば尻ふりダンスとか、ウォーターシュートとか、観覧車とか、メリーゴーランドとか、犬のへらへら踊だとか、そうした特殊な興味をそそる観世物計りを70いくつも網羅して、こうした一大ルナパークが建設されたのだが(正岡容「ルナパークの盗賊」より)
作家・北沢陶の魂のルーツを知るという意味でも、一読をお勧めしたい作品である。
その角川さんから以前出ていた怪談文芸専門誌「幽」で連載をお願いして、後に『うたう百物語』のタイトルで単行本化もされた、歌人・佐藤弓生の掌篇集が『短歌百物語』(河出文庫)に改題され、一部作品を増補改訂して、装いも新たに刊行された。タイトルどおり、全百話の、見開き2頁に収まる、小さな小さな物語(掌篇)集。
しかしながら、これが滅法、怖い! 「幽」の本としては、やや傍系に属するため見逃していらした方も多いと思うのだが、是非この機会に、手に取っていただけると嬉しく思う。
ちなみに、無気味極まるカバー絵は、先月の本欄掲載『どんないえ?』(藤野可織・文)で、見る者の心胆を寒からしめた恐怖絵師さかたきよこの作品である。
山尾悠子が編んだ「偏愛作品」のアンソロジーが、文庫オリジナルで刊行された。およそアンソロジーらしからぬタイトルの『構造と美文』(ちくま文庫)である。
ボルヘスの「バベルの図書館」に始まり、バラード、ラヴクラフト、コルタサル、さらには塚本、澁澤、三島ら、作家・山尾悠子を形造ってきた大家たちの「美文」作品がズラリと居並び、最後には、ちょうど同時期に、京都の同志社大学国文科に学んだ3人──高柳誠、時里二郎、山尾悠子の3詩人で締めるという、まさに「偏愛」の名に相応しい陣容と呼ぶ他はない。作品の配列だけでも、美しさを感じさせる内容であることよ。
今月は、どういう巡り合わせか、小生がらみの新刊がやたらと多くて、面はゆいかぎりなのだが、淡々と紹介を続けてみよう。
河出書房新社の期間限定雑誌「スピン」の第15号は、小生監修による「はじめての澁澤龍彥」小特集。2年後の生誕百年祭へ向けて盛り上がりつつある「澁澤ふたたび!」の機運を、「必読本ガイド」や「関連人脈図」などで、分かりやすく解説している。山尾悠子(嗚呼またしても!)、市川春子、クラフト・エヴィング商會ほか。
岩崎書店の〈八雲えほん〉全4巻が、今回の田辺青蛙(翻案)+朱華(絵)+東雅夫(解説)『ゆうれいだきのでんせつ』で完結を見た。この作品は、八雲晩年の『怪談』と並ぶ傑作再話集『骨董』に収録されている。 今回の絵本版は、朱華さん描く装画の魅力が十全に活かされており、可憐さと気の強さを共に感じさせるヒロイン「お勝」の複雑な表情をはじめ、原作の恐ろしい味わいを、たっぷりと堪能させてくれる。
ちなみに八雲は、全篇の恐怖の勘所となる「アラッ、ちが(=血が)」以下の結末部分を、妻のセツに繰り返し再話することを要求し、細かく問い詰めたという。そうした用意周到さが、八雲怪談の比類ない恐怖度を高めていることは、この絵本を一見すれば、明らかとなるだろう。世にも怖ろしく、そして美しい1冊である。白い雪と真っ赤な牡丹の花の、この何とも鮮やかな対比!




