今月のベスト・ブック

装画=田中寛崇
装幀=坂野公一(welle design)

『高高度の死神 怪獣殺人捜査』
大倉崇裕 著
二見書房
定価 1,980円(税込)

 

 大倉崇裕による怪獣小説集の第2弾が、思いのほか素早く登場した! と思ったのだがこれは私が巻末解説を寄せた第1弾(二見文庫『殲滅特区の静寂』)が文庫版だったがための錯覚で、通常の(とはいえ大いに順調な!)刊行ペースなのだった。

 第2弾のタイトルは『高高度の死神 怪獣殺人捜査』(二見書房)で、表題作の中篇「三三〇〇〇フィートの死神」に加えて「赤か青か」および「死刑囚とモヒカン」の2短篇が収録されている。表紙には、真っ黒い翼竜の巨大な影が! おお、地底怪獣系メインだった第1弾に対して、今度は飛行怪獣かよ! そういえば著者は「飛行する怪獣」への思い入れが(『ウルトラマンマックス』の頃から)強かったもんなあ~、と実感。

 併録の短篇でも「全長五〇メートルのカメ型怪獣を中に閉じこめ、打ち上げた」(御存知、モノクロ版『大怪獣ガメラ』第1作クライマックスへの歴然たるオマージュですなあ!)という1節があったり、そもそも「赤か青か」と迫られれば、そりゃアナタ、「アボラス、バニラ!」と思わず条件反射してしまうほどには、こちらもズブズブの特撮怪獣マニアなのだった(大倉さんとは先日の創元ホラー長編賞贈賞式で偶然お目にかかり、小生の文庫解説が図星だった旨、律儀にお墨付きをいただき、大いに気をよくしていた次第)。

 さすがに〈名探偵コナン〉映画版脚本で鍛えたミステリー要素が満載で、それが全く違和感なく、緊迫の怪獣ドラマと融合されている点が、このシリーズ成功の大きな要因だろう(相棒役の刑事・船村も、前回以上の大活躍!)。思えば本格怪獣小説の続篇刊行実現というのは、大倉さんが史上初の偉業ではないのか!? これは文句なく「万歳三唱」に値すると、評者は考える次第である。これは現在準備中の拙編著『怪獣談』(平凡社)にも大いに弾みが付きそうで嬉しきかぎりだ!

 さて、今期の2冊目は、その創元推理文庫から訳出刊行されたT・キングフィッシャー(永島憲江訳)の中篇小説『死者を動かすもの』である。ローカス賞のホラー長編部門を受賞して話題となった。

 これは冒頭の特徴ある書き出しからして、ポオの名作怪奇小説「アッシャー家の崩壊」への愛あるオマージュと分かる異色作だ。架空の幻想領ガラシアを舞台に、おぞましくも妖美な「もうひとつのアッシャー家」の物語が展開されてゆく。ここで重要なのは、ポオの原典はもちろんだが、もう1冊、是非とも参考文献として読んでおいていただきたい本があること。それはモレノ=ガルシアの『メキシカン・ゴシック』(邦訳は早川書房)という長篇キノコ小説である。

 評者は偶然にも、両書をたまたま読んでいたので、「もしかしたら……」と思いつつ、本書を読み進めていたところ、「著者あとがき」に至って、『メキシカン・ゴシック』の書名と遭遇、思わず「ビンゴ!」と叫ぶ次第と相成った(しかもその直前に、仕事で「マタンゴ」まで読む羽目になるという念の入れよう……)。

 本書は、要するに、「アッシャー家」という史上名高い「館」の物語(その異貌の続篇というべきか)であると同時に、極めて手の込んだ「キノコ小説」でもあり、さらに言えば「ゾンビ小説」でもあるのだった……。これ以上、書き進めると「ネタばらし」と言われかねないので、このへんで留めるが、まあポオに発して、極めて現代的な問題意識を展開した問題作であることは、間違いないと思う。右に名前を挙げた著者や作品に関心のある向きは、是非御一読を!

 ここで唐突に話題を転じるのだが、今年は時ならぬ「小泉八雲イヤー」となるらしい。直接の原因は、某NHKの朝の連続テレビドラマ小説で、今年は八雲の日本人妻となった「小泉セツ」のことを取り上げるから。すでに評者のところにも、某出版社から某企画に関して相談があった(なんだか「某」「某」ばかりで恐縮ですが、具体的な発表は微妙に時期尚早なので……おそらく、貴殿が期待されるとおりの陣容ですので、乞御期待!)。

 さて先日、金沢の某図書館で催された、能登半島大地震復興支援イベント怪談会で、大いにお世話になった峰守ひろかずの新刊『小泉八雲先生の「怪談」蒐集記』(角川文庫)は、一連の関連イベントに先立って上梓された、八雲先生の名著『怪談』誕生秘話というべき作品である(とてもありがたいことに、拙著『文豪と怪奇』まで、参考文献に加えていただき、感謝の言葉もない。まあ八雲に関しては「幽」誌上で2回も特集を組んだしなあ……)。

 本書は東京在住時代の八雲のもとに、八尾好乃となのる、見るからに怪しげな名前の少女が、住み込みのお手伝いさんとして志願してくる……という架空の設定で始まる。そして「食人鬼」や「耳なし芳一」「むじな」といった『怪談』所収の物語の誕生秘話が明かされてゆく……という筋立てである。各話の最後には「コラム」ページが付加されていてなかなかユニークな著者独自の解釈が加えられている。この原話の改変問題は、八雲研究の分野でも注目されているところであり、その点に関する著者の目配りは、相変わらず鋭いと言わざるをえない。短いけれど、なかなかの好著である。