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装画・装幀=城井文平

『陰態の家 夢枕獏超越的物語集』
夢枕獏 著
文藝春秋
定価 1,870円(税込)

 

 夢枕獏といえば、最近は格闘技と釣りのオジサン(笑)たまに小説も書く人……という誤解が蔓延しているようで困ったものだが、そもそもの獏さんは「次にどんな小説を書くか予測不能な、危険極まりない作家」だったはずだ。

 

 彼が「本来は何でもアリ!」なジャンルである「SF」をホームベースにして、前代未聞の伝奇バイオレンスやら王朝小説やらを、せっせと量産してきたのも、そうしたアヴァンギャルドな姿勢の表われと見做してよいと思われる。

 

 そんな夢枕獏の、実に二十ウン年ぶりとなる、ノンジャンルの(まあ強いて分類すれば嬉しいことに「幻想と怪奇」ジャンルだが)短篇集が、このほど刊行された。『陰態の家』だ。

 

 珍奇なタイトルのように思われそうだが、表題作をじっくり読めば、この物語が「陰態」の城館を舞台とする怪異極まりない話であると了解されることだろう。

 

 主人公は、この世ならぬモノを祓うことを生業なりわいとする「人形師」の多々良陣内(夢枕ファンなら、どこやらで聞いた名前だろうが、ちゃんとそのへんの解説も施されている)。 広大な敷地を有する洋館に仕事で招かれた彼は、邸内を我が物顔で徘徊する奇怪な「コロボックル」軍団を「祓い清める」ために、死力を尽くすことになるのだが……。

 

 収録作は全部で9編。明治の日本にやって来た名探偵ホームズが、猫好き文豪・夏目漱石とタッグを組んで、大活躍する「踊るお人形」(ホームズ物語がお好きな方なら、パロディの元になった作品が何か、タイトルだけでピンとくるだろう!)、お岩様と伊右衛門の尽きせぬ悪因縁を描く「伊右衛門地獄噺」から、作者の故郷・小田原(神奈川県)を舞台とした格闘技ありUFO怪談あり、哀愁漂う一連の作品まで、怖ろしい話から泣かせる話までが、まさに目白押し。面白い小説の醍醐味を、これでもか、とばかり味わわせてくれる、極上の作品集である。これだけの充実ぶりならば、永らく刊行を待たされた甲斐があったというものだろう。

 

 続いては、あの「おばけのホフマン」先生が、みずから企画・編纂した異色のアンソロジーを。すでに創元推理文庫から『ドイツロマン派怪奇幻想傑作集』を上梓している遠山明子編訳による『クリスマスに捧げるドイツ綺譚集』である。

 

 作家兼音楽家兼法律家と、ひとり何役もこなしたあげく、一説には働きすぎで早死にした、とも言われる稀代の才人ホフマンだが、本書は彼が企画して出版社に持ち込み、友人の作家コンテッサとフケーと3人で、子ども向けのメルヘン作品を執筆、クリスマス時期に併せて、1816年と17年に『子どものメルヘン』の原題で出版したのだった。

 

 収録作は全6編。ホフマンの有名な「クルミ割り人形とネズミの王さま」と「見知らぬ子」、コンテッサの「別れの宴」と「剣と蛇」、フケーの「小さい人たち」と「覗き箱」で、ホフマンの作品以外は、本邦初訳である。

 

 湿っぽくなるはずの惜別の宴会で、陽気に浮かれ騒ぐ森のモノノケたちの、意外な本性は? 「別れの宴」と、勇壮にしてユーモラスな騎士物語である力作「剣と蛇」のコンテッサ、諷刺が利いて愉快なフケーの「小さい人たち」と、ハーメルンの笛吹男の伝説をベースにした「覗き箱」……ドイツ・ロマン派の作家たちが、メルヘンという形式に託したものが何だったのか、いろいろと考えさせられるアンソロジーであった。とりあえず、ホフマン先生、お疲れさま!(原稿依頼に際して、あれこれトラブルがあった模様、まあその点は現在も似たようなものだけどね……)

 

 さすがに、そろそろ打ち止めかなあ、と思っていた春風社のシリーズ『幻想と怪奇の英文学Ⅴ』が「関西疾風編」と銘打ち(ベースになっているのが、下楠昌哉氏ひきいる京都の同志社大学だから)刊行された!

 

 しかも今回は西川貴子さん(専攻は近現代日本文学)や森口大地さん(専攻はドイツ文学)など、英米文学以外の研究者も加わることで、さらなるワールドワイドなパワーアップが図られる結果となった。この「文学研究不振」の時代に、何ともはや、嬉しくも頼もしい展開ではないか!

 

 新進からベテランまで(あ、作家としても御活躍中の遠藤徹さんのお名前も! 稀代の怪作『姉飼』で角川のホラー大賞を受賞された、あの遠藤さんですよ、皆の衆)総勢14名のツワモノたちが、それぞれの得意分野にけんを競う絢爛さにつられて、うかうかと編者の一人である私までも「『首なし騎士』に魅せられて」と銘打つエッセイを、今回は寄稿する始末とは相成った。

 

 ルイーザ・メイ・オルコット(『若草物語』の人ね!)の知られざるミイラの呪い小説だのホーナングの『カメラの悪魔』だの、ワーズワスの知る人ぞ知る一大ゴシック小説『ソールズベリー平原』だの、さすがは英文学のエキスパートならでは、と思わせるマニアックな論考が並ぶさまは、読んでいると、歓びのあまり、思わず感涙が込み上げてくるではないか。ああ、こういう「場」を立ち上げて、こうして10年以上続けてきたのは無駄ではなかったんだ! という感慨である。怪奇幻想マニアは必読必携の研究書。