今月のベスト・ブック

装幀=柳川貴代
『ジンタルス RED AMBER』
皆川博子 著
河出書房新社
定価 3,960円(税込)
皆川博子の長篇小説『ジンタルス RED AMBER』が、このほど河出書房新社から刊行された。
一昨年「紫式部文学賞」を授与された『風配図 WIND ROSE』に続く、古代のバルト海沿岸を舞台とする壮大な歴史伝奇小説だが、いわゆる続篇ではなく、時代も作中人物も別個の設定による物語となっている。
前作では、荒々しい古代の世相を背景に、ふたりのヒロインによる男勝りの活躍ぶりが描かれていたが、今回の主人公ふたりは、いずれも男性。それも、かたや13世紀、悪名高き北方十字軍によって故郷リヴォニアを蹂躙され、愛する家族を殺害され復讐に燃える若者ジンタルスと、19世紀の帝政ロシアに農奴として生まれ、身分制度の桎梏のなか、懸命に生きようとするミーシャ……時代も環境も大きく異にする青年たちが、良き友と出会い、圧政と戦乱の時代を潜り抜けて、それぞれが渇望する「自由」と「希望」を手に入れようとする、重厚なる物語だ。
齢90代後半に達しながら、この端正にして比類なき筆力たるや! 長寿の御家系とはいえ、ただもう呆然と、神棚に上げて拝みたくなるほどである。
途中、随所に挿入される皆川さんお気に入りの詩歌、とりわけ18世紀ドイツの詩人ビュルガーの譚詩「レノーレ」(吸血鬼モチーフの先駆として、よく引き合いに出される古典である)への言及には、思わず「よ、待ってました!」と掛け声をかけたくなってしまった。作者の横溢する書物愛は、長い物語の最後の最後でも、こんな一節となって、思いがけず噴出する。
「そうだな。ミハイル・ロマネンコの民話絵本も、出版を続けてほしい。あまり怖い絵のつかないのをな」
「怖い絵や怖い噺を好む子もいると思いますよ」
ミーシャは恐がりのくせに、自分では怖い絵を描くのだなとステンカは可笑しくなる。
〈怖いえほん〉と云えば、8年ぶりに、やはり河出から「増補版」(と云っても、ロング・インタビューあり、短篇精華と随筆精華の増補ありで、凄い充実ぶり)が刊行された『皆川博子の辺境薔薇館』も、是非ともお見逃しなく。
巻頭を飾る「辺境美術館」には、あの岩崎書店版〈怪談えほん〉の幻の別原稿である「しらない おうち」がフルカラー・バージョンで収録されているのだ。しかも作者自身による、意外な「縁起譚」付きで!
さて続いては、映画『祝山』も公開中の、加門七海の長篇『裂神』(光文社文庫/カバーを描くは諸星大二郎!)を。タイトルからして凄まじいのだが、なんとこの作品、『祝山』の前日譚なのだった。
しかも舞台となるのは「熱海」。ああ、そういえば、本書の著者とともに某誌の取材で熱海にも行ったよなあ……と思い出しながら読み進めていったら、出るわ出るわ(笑)、「こ、ここらへんは、やばい!」と感じたときの異様な逃げ足の速さとか、持ち前の性格の悪さとか(失礼!)、随所に著者の自画像ではないかと疑わせる描写が登場して、大いに笑わせていただいた。
そういえば、某所の渓流沿いで、妙に長いこと、著者が水辺に留まっていて、異様な感じがしたよなあ、あれは、この『裂神』のあのシーンの元ネタじゃないのかなあ、などと思い出さなくて良いようなことまで連想してしまったものだ。
物語としては、今も普通に神事として催されることの多い、いわゆる「虫おくり」に、仮面を付けて舞い踊ることの異様さを綯い交ぜにしたストーリーで、『祝山』同様、著者にとってはお手の物のアウトドア・ホラー。後半の緊迫の展開は、さすがに長年にわたる怪談&骨董取材経験の豊富さを窺わせる。これはますます、映画版の『祝山』が愉しみになってきたぞ、と。
このところ日本でも、ジワジワとファンが増殖中と聞く、米国の怪奇漫画家エドワード・ゴーリーの作品中でも、最凶の1冊と噂に高い『けだもの赤子』(柴田元幸訳/河出書房新社)が、ついに邦訳された。
同書がどれほどヤバいかというと、出版を引き受ける版元がどこにもなかったため、デビュー作と同時の1953年に執筆されながら、刊行は1962年、それも出版社が決まらないことに業を煮やした作者自身が、とうとう別名義による自費刊行を目指して世に出したほどの、難産というか冷遇ぶりだったらしい。
本書のあとがきで柴田氏が指摘しているとおり、「何しろ猫という、ゴーリーの宇宙にあっては神聖な、まず絶対にひどい目に遭わない生きものが、この赤ん坊によって首をちぎり取られるという異様な事態を我々は目撃するのである」とあるように(問題の該当ページは、10ページ目の挿絵、どうかじっくりとご覧いただきたい)、「邪悪で醜い赤子の生き様を描ききった」酷い内容に、おりしも空前のベビー・ブームに沸く当時の米国の版元が、二の足を踏んだのも分かろうというものだ。
しかし、だからこそのゴーリーでもある。どうです、この赤子の不敵な表情!?



