今月のベスト・ブック

カバーイラスト=合田ノブヨ
カバーデザイン=柳川貴代+Fragment

『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』
ケリー・リンクほか 著
エレン・ダトロウ 編
市田泉ほか 訳
創元推理文庫
定価1,650円(税込)

 

 いまや英語圏における代表的なアンソロジストに昇格した……と云っても過言ではないエレン・ダトロウ女史の編纂による書き下ろしアンソロジー『穏やかな死者たち シャーリイ・ジャクスン・トリビュート』の全訳が刊行された。

 恐怖短篇「くじ」や、帝王キング絶賛の長篇幽霊屋敷小説『丘の屋敷』で、ホラー・ファンにはすっかりおなじみの巨匠ジャクスンだが、実は小生、ジャクスン絡みでは、ちょいと誇らしいことがあるのだ。

 現在は創元さんから文庫版で刊行されている彼女の名作長篇『ずっとお城で暮らしてる』を最初に邦訳紹介したのは、私がその昔編纂・制作を担当していた〈学研ホラーノベルズ〉の「恐怖少女セレクション」というシリーズだったのだ(山下義之訳/1994年12月発行)。今では桜庭一樹さんはじめ、多くの強力な支持者を得ている同篇だが、初刊当時はあまり売れず……ぶつぶつ。

 ま、それはさておき、今回のトリビュート・アンソロジー──ケリー・リンクやジョイス・キャロル・オーツら、ジャクスンの遺徳をしのぶ当代の名手18名が結集して、とっておきの作品を寄稿した、本書。

「大魔女シャーリイ・ジャクスンは小説に魔術をにじませ、はぐれ者を窮地に追いやろうとする厄介な人々を、恐怖によって追い詰めてくれた。しかしその裏側には、魔法や予兆や霊感に心を奪われながらも、社会になじもうともがき、居心地の悪さに気まずい笑みを浮かべ続けた、孤独な魔女志願者がいる。世間と“ずれて”いるゆえに迫害されてきた魔女たち、命や声を奪われてきた存在の先に、シャーリイ・ジャクスンの作品がある」(深緑野分による、渾身の本書解説より)

 収録作家のなかには、オーツやリンクのような常連大御所から、相変わらずの名人芸で唸らせるジェフリー・フォード(「柵の出入り口」)や、いかにも作者らしい個性が光る『フィッシャーマン』のジョン・ランガン(「生き物のようなもの」)のような意外な面子まで揃っていて、ジャクスン短篇の妙趣に一脈通じる(いささか意地の悪い!?)味わいを示してくれる。たっぷり楽しめる、重厚な味わいのアンソロジーである。

 右を読む直前まで、たまたま読み耽っていたのが、『屍人荘の殺人』で一躍脚光を浴びた新鋭・今村昌弘の新作長篇『でぃすぺる』(文藝春秋)だったのだが、こちらも(長篇とはいえ)、オカルトめいた「七不思議」連続殺人の謎に挑む小学六年生トリオ(!)の活躍を描いて、なかなかに「ジャクスン・トリビュート」の心意気を感じさせる(いや、直接の関係はないんだけどね……)作品だった。とりわけ『穏やかな死者たち』収録のカッサンドラ・コーの表題作との鮮やかな相似には、一驚を喫した。

 米国と日本という違いこそあれ、狂暴な自然の猛威や、廃坑・ダム建設によって、外部の世界から切り離された、衰退する田舎町で巻き起こる狂騒と、無惨に静かに滅びゆく、その姿……。まあ、『でぃすぺる』では、それと対比的に描き出される、不屈の「小学生トリオ」による向日性の活躍ぶりが、よりいっそう、印象に残るのだが。

 さて、話題の〈怪談えほん〉シリーズで、児童書の歴史に画期をもたらした観のある岩崎書店から、このほど新たなシリーズが、スタートすることになった。

 題して〈あやしい猫えほん〉──わざわざ「あやしい」と銘打っていることからも分かるように、ただ単に「可愛い!」とか「愛らしい!」だけでなく、無気味で、ときには薄気味悪いとすら感じさせる「猫」という動物の変幻自在な不可思議さに肉薄してゆくシリーズに育ってくれたら嬉しいな……というのが、監修役の一端に連なったものとしての感慨である。

 さて、その記念すべき第一弾となった『ねこまがたけ(猫魔岳) ばけねこしゅぎょうのやま』は、「あやしい」を体現するかのような作家・加門七海が書き下ろした文章に、漫画の世界で大活躍する五十嵐大介が装画を担当した、なんとも贅沢な1冊となった。

 全国の猫たちが、修行のために定期的に身を隠す「化け猫修行の山」。そこは猫たちだけの王国で、厳しい修行のあとには、愉快な飲めや歌えのどんちゃん騒ぎが待っている。 主人公の少年の愛猫もまた、ふらふらと猫魔岳山中へ、導かれるかのように入り込むのだが。しかし……。

 人と猫との、切っても切れない恩愛の絆を窺わせる展開が、愛猫家諸賢の涙を誘うことだろう。

 猫にまつわる伝承や詩歌を絡めた、構成の見事さも素敵だが、大自然への畏敬の念に満ちた、五十嵐による挿絵の数々がまた、見ものである。猫に限らず、随所に描き込まれた昆虫や魚、果ては太古の恐竜たち! 絵本という大判の「器」を、存分に使い切った構図の見事さよ!

 紙面の背後から、作家と絵師の汲めど尽きせぬ「猫愛」が滾々と溢れ出す、理想的な1巻目で、本シリーズの幕開けを飾れたことが嬉しくてならない。

 今後もアッと驚く、意外な作家・画家たちによる「あやしい」「猫絵本」の数々がスタンバイ予定なので、どうか続刊を愉しみにお待ちいただきたいと思う。