今月のベスト・ブック
『アーサー・マッケン自伝』
アーサー・マッケン 著
南條竹則 訳
国書刊行会
定価4,950円(税込)
作家の宮部みゆきが「読売新聞」の読書面で長らく連載していた、知る人ぞ知る名物書評コラムが、先ごろ1冊にまとまった。『宮部みゆきが「本よみうり堂」でおすすめした本2015─2019』(中公新書ラクレ)である。
まんま過ぎるタイトルだが(笑)、そもそも、そういう趣旨の本なのだから、仕方があるまい。長くても見開きいっぱい、短いものだと1ページに収まりかねない、超ミニマムなコラム集なのだけれど、長年にわたり人気作家として活躍してきた著者のこと、それぞれの本に対する目の付けどころがさすがで、大いに「読ませる」。
取り上げられた本の傾向としては、やはり作者の原点というべき「ミステリー」系が目につくけれども、一方で、宮部みゆきといえば、「怪談」とか「怪獣」とか「怪物」とか……何かと「怪」の字が付く怪しい分野に関しても、大変な「目利き」であることは……たとえば著者が腕によりをかけて編んだ『贈る物語 Terror みんな怖い話が大好き』(光文社文庫)のようなアンソロジーを既読の向きなら、すぐさま、嗚呼それ、と得心されるはずだ。
本書においても、その卓越した「目利き」ぶりは、遺憾なく発揮されていて、たとえば記念すべき初回の本に、小野不由美の勝れた連作集『営繕かるかや怪異譚』を紹介できた悦びを「初書評で『営繕かるかや怪異譚』、素晴らしい記念になりました」(「2015年を振り返って」より)と記し、巻末の「2019年を振り返って」では(光栄至極なことに!)私の『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション』を取り上げて「『文豪ノ怪談 ジュニア・セレクション』を全ての学校図書室に! という願いは今もこの胸にあります」と書かれていることにも明らかだろう。
他にも、『墨東地霊散歩』とか『深夜百太郎 入口・出口』とか『死の海』+『私は幽霊を見ない』とか『怪奇日和』とか、絶妙すぎるセレクション。その合間にさりげなく『未確認動物UMAを科学する』とか『大人の恐竜図鑑』とか『ゴジラ映画音楽ヒストリア』が紛れ込んでいるところがまた、いかにも著者らしい。
……というわけで本書は、怪奇幻想方面の読者にとっても、得がたい読書の指針となる1冊であると、力説しておく次第。
おそらく偶然かと思うのだが、右で言及した宮部さんのアンソロジーと、よく似たタイトルの本が、角川から刊行されている。第8回カクヨムWeb小説コンテストの「ホラー部門」大賞を受賞した、尾八原ジュージ『みんなこわい話が大すき』(KADOKAWA)だ。
冒頭こそ、いわゆる「いじめ」と「怪異」が二本立ての、よくあるタイプの学校怪談かと思わせられるが、盲目の霊能者(まあ、これも有り勝ちなパターンではあるが……)が介入するあたりから俄然、アッと驚く意外な(そして真っ暗な)展開に! そう来ましたかあ……いやはや、後半は存分に愉しませていただきました。
ちなみに本書で異様なまでの存在感を発揮している「ナイナイ」くん……どこかで似たようなキャラを目にした覚えがあったのだが……田中清代の絵本『くろいの』でした。あ、「くろいの」のそれは、こんなに邪悪なキャラじゃないけどね(笑)。
さて、先ごろ目出たく定年退職したはずの国書刊行会の元・局長氏が、いまだ業界に未練があるのか(!?)しつこく最後っ屁のような訳書を上梓している。
南條竹則訳『アーサー・マッケン自伝』である。これは名作として名高い巨匠マッケンの2つの自伝──すなわち『遠つ世のこと Far Off Things』と『遠近草 Things Near and Far』の両書を、まとめて1冊にしたものだ。
熱心な平井呈一ファンの方であれば、平井がしばしば両書に言及していたことを御記憶かもしれない。御多分に漏れず、私も平井による紹介で、これら稀代の名著たる両書の存在を知り、機会があれば是非、一読に及びたいものと思っていたのだが、平井の学統(というか「芸風」!?)を継ぐ第一人者というべき南條渾身の翻訳によって、その全容に触れ得たことを、歓びたいと思う。
友人たちの温かい援助によって、まずは幸福な晩年を過ごしたとされるマッケンだが、本書はケルトの伝統息づくウエールズの田舎町で過ごした若き日の回想と、「魔都」ロンドンでの生活ぶりとが、鮮やかに対比的に描き出され、この稀有なる幻視者の真価が、折に触れ点綴されてゆく。その滋味掬すべき魅力は、本書の帯文にあるとおり「夢見る魂が綴った、小説より夢幻的な自叙伝」という言葉に尽くされていよう。
とりわけマッケン一代の代表作『夢の丘』との相似は、驚くべきものがある。幸いにも『夢の丘』は、平井翁の名訳で現在も入手可能なので、本書を手にされた向きは、是非とも両書を机上に並べ、折に触れて御参照いただきたいと思う。思いがけず、愉快な発見があること、請け合いである。
マッケンのような、根っからの幻視者タイプの作家ならではの、晩年に到達した達観の境地が窺い知られる点でも、本書はまことに幸運な書物といわねばなるまい。