今月のベスト・ブック

装画=大河原愛
装幀=柳川貴代

『シャドウプレイ』
ジョセフ・オコーナー 著
栩木伸明 訳
東京創元社
定価3,520円(税込)

 

 今から20年以上も前になるが、『少女怪談』と題するアンソロジーを、学研M文庫から上梓したことがある。少女に関わるホラー作品を集めた本で、あとがきには「本書は、これまで私が手がけたアンソロジーの中で、最も怖ろしい1冊かもしれない」などと思わせぶりなことを書いたが、この気持ちは20年以上経った現在でも、変わっていない。

 収録作の中でも、とりわけ印象に残っているのが、山尾悠子の少女小説連作集『初夏ものがたり』の1篇「通夜の客」だった。明治期に建造された趣深い日本家屋で営まれる邸の主人の通夜の席で、日本人形のような容姿の双子の姉妹と、少女の面影を留めたような老女が、運命的な邂逅をする話で、私は初読の際から大いに気に入り、いつか自分がアンソロジーを編むときには是非とも収録したいものと思い、念願叶って実現したのだが、同書の親本は、何故かその後一度も復刊されないままになっていた。

 さて、二十数年後のある日、ちくま文庫の編集者から、1通のお手紙をいただいた。「山尾さんの初期作品『初夏ものがたり』を、酒井駒子さんの装画付きで文庫復刊したい。ついては、その解説をお願いできないだろうか、これは山尾さん御自身の御希望でもあります……」

 ああ、覚えていてくださったのか! 私に否やのあろうはずがない(笑)。かくして同書にいかにも相応しい、初夏の装いの少女たちと季節の風物を描いた、酒井さんの爽やかな装画入り『初夏ものがたり』が、思いがけずも実現することと相成った。「オリーブ・トーマス」「ワン・ペア」「通夜の客」「夏への一日」……4つの小さな少女物語を収めた、この愛らしい小説集は、若き日の山尾悠子だからこそ書けた、奇跡の1冊ではないかと私は思っている。このたびの復刊を機に、多くの新たな読者を得られることを、切に希望する次第。

 文庫解説を担当した本を、もう1冊。河出文庫から復刊された長田幹彦『霊界 五十年の記録』である。原題は『霊界五十年』で仏教関連の版元・大法輪閣から1959年12月に刊行されている。河出の編集者から寄稿依頼のメールをいただいた時、思わず「おお、懐かしい~」と本音が漏れてしまった。 長田幹彦といっても、今の若い方々は御存知ないかも知れないが、終戦直後、日本の心霊学界が一時、活気づいた時期に、一種のスポークスマン的な役どころを担ったのが、幹彦だった。かつては泉鏡花や谷崎潤一郎と並ぶ「花柳小説」の名手として、昭和文壇興隆の一翼を担う流行作家だったが、戦後はもっぱら「心霊学」の世界で名を馳せた。

 もともと彼には「見霊者」としての資質があり、幼少期から一貫して、いわゆる「幽霊」を、しばしば見てしまう体質だったのである。しかも、さすがは流行作家、その体験談を実に巧みに、「見てきたように」語ることが出来た。学者さんや宗教家など、ともするとお堅い向きが多い心霊学の世界で持てはやされたのも、無理からぬ話だ。この『霊界五十年』も、戦後の一時期、教科書のごとく、よく読まれたと見えて多くの版を重ねている。

 心霊の世界に、一貫して真摯な関心を抱き続け、決して術師を「ペテン師」呼ばわりなどしなかった点でも、日本の近代文学史に大きな地歩を占める、特異な作家であった。その主著が、こうして現代に甦った意義は大きいと思う。克明に記された迫真の心霊体験談の数々を、ぜひ堪能していただきたい。

 今年の「日本ファンタジーノベル大賞」に輝いた宇津木健太郎の長篇『猫と罰』(新潮社)が刊行された。なんと本書の主人公は1匹の黒猫、それも只者ではない、文豪・夏目漱石に飼われていた、漱石の出世作『吾輩は猫である』で主役を演じた、由緒正しき猫なのだった。あれれ、漱石の飼い猫は、物語の末尾で、あえなく死んだはずでは? と思われる向きもあろう。だがしかし、「猫に九生あり」と言われるように、猫は全部で9度の人生ならぬ「猫生」を送るともいう。本書の主人公たる自称・金之助(漱石の本名だ!)も江戸から現代まで幾度も、ほろ苦~い転生を繰り返してきた……という設定である。

 流転の果て、金之助は「北斗堂」という1軒の不思議な古書店の住人となる。そこは零落した「神」である(!)女性店主が、4匹の猫たちと暮らす奇妙な世界だった。店の常連である少女と知り合った金之助は、「作家になる!」という少女の夢を叶えるべく、アッと驚く大望を実現させてゆくのだった。

 これは紛れもなく、日本人によって書かれた、物語を愛する日本人のための、もうひとつの『はてしない物語』に他ならない。

 最後は、重厚な長篇を。アイルランドの現代作家ジョセフ・オコーナー『シャドウプレイ』(東京創元社/栩木伸明訳)である。タイトルは「影絵芝居」を意味する。帯に「『吸血鬼ドラキュラ』誕生の物語」とあるが、本書はなるほど、巧緻に虚実入り乱れたドラキュラ誕生秘話であり、これまで多くの副産物を生んできた、この巨大な物語に、新たな息吹を吹き込む試みである。と同時に、同時代演劇や文壇のリアルな見取図ともなっている。アーヴィングとストーカー夫妻、そして大女優エレン・テリーとの秘められた関係も、実に興味深い。Dファンは必読必携!