今月のベスト・ブック

『英国幽霊いまむかし』
M・R・ジェイムズほか 著
南條竹則 訳
国書刊行会
定価 3,960円(税込)
怪奇党にはおなじみの国書刊行会から、藤原義也氏の企画・編纂による、新たな翻訳怪奇小説のシリーズ『怪奇の本棚』全6巻の刊行が始まった。
藤原氏から評者にいただいた私信によれば、「やはり怪奇小説のシリーズは、心が和みます」云々との由。とても心強いコメントではあるまいか?
さて、その第1弾となったのが、南條竹則氏の編訳によるアンソロジー『英国幽霊いまむかし』である。
南條氏といえば、近年、凄まじい勢いで、英米怪談の里程標的名作のかずかずを、清新にして的確な日本語へ移し替えてきたことは記憶に新しい。近いところでは、若い読者がふたたび急増しているラヴクラフト作品の新潮文庫版など、細部の訳しぶりに関して、大いに「勉強」になる翻訳であり、まことにもって、ラヴクラフト・ファンならずとも、安心して読むことができる。こういうのを「定訳」というのだろう。
今回のアンソロジーでは、英国怪談のシンボルというべき「幽霊」に視点を定めて、Ⅰの「中世篇」に始まり、Ⅱ「近代黎明篇」、Ⅲ「十九世紀篇」、Ⅳ「二十世紀篇」と、時代を追った編年式の構成が取られている。
南條氏の著作でいうと、かつて怪談専門誌「幽」に連載していただいた『ゴーストリイ・フォークロア』(角川書店)あたりの流れを汲むものと言ってよいだろう。
とりわけ「中世篇」と「近代黎明篇」は、俄然、注目の章である。
かの〈ミスター怪談〉(彼の本業は中世古文書学だった)たるM・R・ジェイムズが編纂・校訂に当たった「中世怪談十二話」(作者不詳)に、まずは啞然茫然。大英図書館に収蔵された写本に書き込まれた怪談を、ジェイムズ翁が丹念に翻刻したものだが、中世北欧の庶民が恐れ慄いたという「幽霊」なるもののデンジャラスな実態が、まことにナマナマしい筆致で、描かれているのだ。時に動物や「藪」(!?)に姿を変じて、生者を苦しめる霊の恐怖! それと同時に、随所に窺われる「神」への畏敬の念もまた凄まじい。中世が「神」と「魔物」の時代であったことが如実に伝わってくる。
続く「近代黎明篇」には、有名な「テッドワースの鼓手」(ジョーゼフ・グランヴィル)に始まり、世界最初の幽霊小説として知られるデフォーの「ヴィール女史の幽霊」、さらにはバーンズのバラッド「タム・オ・シャンタ」まで。平井呈一翁のそれに一脈通ずる伸びやかな訳しぶりを見ると、このあたりが南條氏の最も好む時代なのかも知れないとすら思えてくる。
とはいえ、続く「十九世紀篇」のリットン卿「幽霊屋敷」新訳や、お気に入りのバーラム「ジェリー・ジャーヴィスの鬘」、そして訳者みずから「妹を一途に愛する少年の哀れさが胸を打つ」「わたしにとって昔から愛着のある作品なので、屋上屋を重ねるの愚を顧みなかった」と記すリデル夫人の絶品「胡桃屋敷」まで、訳者が愛してやまない作品群が軒を連ねるこの一奇観、ぜひとも腰を据えて御賞味いただきたいと思う。
第15回日本ホラー小説大賞の長編賞を受賞した『粘膜人間』に始まる、怒濤の〈粘膜〉シリーズで一世を風靡した鬼才・飴村行の新刊が、久しぶりに出た。
題して『粘膜黙示録』(角川ホラー文庫)である。これが実に面白い、抱腹絶倒のエッセイ集なのだった(同時刊行に『粘膜大戦』……こちらは小説である)。
某歯科大学を中退して、漫画家になる……はずが、こと志に反して、やることなすこと上手くいかず、気がつけば人生の泥沼にハマり込み、貧しい「派遣工」として藻搔き苦しんだあげく、最底辺の「暗黒の十年間」を過ごし、ついに角川ホラー大賞受賞で、人生の一発大逆転を遂げた著者。
たまたま私は、ホラー大賞の後進である横溝正史賞の予備選考委員を務めていて、今年度の応募作のチェックと、この『粘膜黙示録』を読む時期が、はからずも重なってしまったのだが、本書は文学賞への応募を志す方々にとっては、決して損のない、必読の1冊であると断言できるように思う。別に本書は、小説の書き方の指南書ではないのだけれど、作者独自の視点に立った「おもろうて、やがてかなしき」ユニークな記述のかずかず、「昭和」怪人列伝とも称すべきアッと驚く描写の乱舞に、眼の鱗が洗われること、確実である。
もう1冊、ホラー×ミステリの快作短篇集を紹介しておこう。大島清昭『冷蔵庫婆の怪談』(東京創元社)は、冒頭の「ハザコ男の怪談」からして、私も大好きな「御当地UMA」たる未確認生物「オオサンショウウオ」の祟りが登場して、いやはや愉快なこと、この上なし。
妖怪めいた存在「冷蔵庫婆」の壮絶な怪異(=都市伝説)が圧巻の児童連続殺人譚である表題作や、25歳の誕生日になると、決まって宗家の若い娘が、不可解な自殺を遂げるとされる「蘆野家の怪談」ほか、全4篇の佳品を収めている。
稀代の「怪談作家」たる呻木叫子(その奇怪な名前からして、いかにも、なキャラクターだろう)が大活躍する、人気シリーズの最新作である。



