今月のベスト・ブック

装幀=早川書房デザイン室

『ボーンズ・アンド・オール
カミーユ・デアンジェリス 著
川野靖子 訳
ハヤカワ文庫NV
定価1,056円(税込)

 

「衝撃の純愛ホラー」(笑)と銘打たれた映画化原作……新鋭カミーユ・デアンジェリスの長篇『ボーンズ・アンド・オール』を、小生が取り上げることに鼻白む向きもありそうだが、しかしながら、そのヒロインが堂々たる「人食いマン・イーター」とあっては、話がいささか違ってくるだろう。

 この存在、既成の作品で何に喩えればよいのだろう……。吸血鬼も近いけれど、ちょっと違う……最も近いのは、皆さまお馴染みの食屍鬼グールだろうが、一方で本書は、よくできたロード・ノベルでもあって、アメリカの広大な大地を、突然母親に遺棄され独りで生きていかねばならなくなった16歳の少女が、一人旅の途上で出逢った若者や、何やら曰くありげな老人たち(なぜか皆「マン・イーター」仲間!)と旅をするというストーリーである。まだ見ぬ父を求めて、幾千里……。

 人間をパクパク捕食する以外、なんら常人と異なるところはなく、したがって、それと気づかれる惧れも(めったに)ない。しかも普段は年頃の若い娘さんとあって、下心のある男たちがゾロゾロ現れては、次々あえなく餌食と化してゆくのだった……。

 ヒロインが大の本好きで、特に『指輪物語』や『ナルニア国物語』をこよなく愛する(それがやがて大学図書館で生計を立てる道ともなってゆく……)という展開には、作者自身の切なる思いが投影されているのかも知れない。

 極めつきの「マン・イート」小説を、もう一作。ジョー・ネッターの、その名も『ブッカケ・ゾンビ』(風間賢二訳/扶桑社ミステリー)だ。何というお下品なタイトル……風間先生もよくやるよなあ、今は大学職員のくせに、と思ったが、これ、原題そのままなのだから致し方がない。冒頭の「作者の言葉」で「本書はハチャメチャな変態小説です。語られているのは家族愛とゾンビ、そして言うまでもなく飛び散るザーメン。であるがゆえに、タイトルからも推察できるでしょうが、わたしは、本書がようやく故郷に帰ってきたという思いでいっぱいです」と誇らしげに記している。それが我が国にとって「誇らしい」ことかどうかは、異論もありそうだが。

 肝心の中身は、作者自身が断言するとおりの純正ゾンビ小説。それ以上でも以下でもない。まあ、とにもかくにも、江戸川乱歩作家デビュー100年を迎えた今年、こういう「ハチャメチャな変態小説」が邦訳される運びとなったことは、嘉すべきことと申せよう。

 なんだか縁起でもない小説が続いたところで、さらに追い打ちをかけるがごとく御紹介するのが、『アンソロジー 死神』(角川ソフィア文庫)……編纂者は、東雅夫という物好きな人である(笑)。

 落語好きな方なら先刻御承知だろうが、その名も「死神」という人気の演目がある。あの名人・三遊亭円朝が、西洋ダネから思いついたとされる作品で、本書には2代目金馬による円朝直伝の元祖「死神」やネタ元となったグリム童話「死神の名づけ親」、水木しげる翁の漫画「死神のささやき」、文豪・織田作之助の「死神」等々、この妙に庶民的人気を博するテーマをめぐる、古今東西の名作の中から、割合にレアな、そして分かりやすい作品11篇を集成してみた次第である。

 ここらで、お口直しを──。

 高殿円『芦屋山手 お道具迎賓館』斎賀時人画/淡交社)は、芦屋の山の手お屋敷町の一隅で、偶然にも土中から出土した茶道具──あの織田信長が愛でた稀代の名宝「白天目」茶碗の、通称「シロさん」と、家の主人「先生」、そして奇妙な友人たち(人も器物も……)とが織りなす「異色の骨董ファンタジー」である。

 私もかつて、取材がてら、芦屋の辺をうろついたことがあるのだが、独特な歴史の堆積を感じさせる土地柄と、信長遺愛の謎多き白天目茶碗との奇縁が、いかにもありそうに描かれていて、思わず一気読みだった。

「付喪神」たちが登場する不思議風味のファンタジーといえば、古くは藤枝静男の『田紳有楽』、近くは畠中恵の〈つくもがみ〉シリーズなどが思い浮かぶだろうが、茶道雑誌「なごみ」に連載されたという本書もまた、付喪神小説として、異彩を放つ作品になったといえよう。

 岩波文庫から全3巻で刊行が予定されていた、ポーランドの作家ヤン・ポトツキの大作『サラゴサ手稿』(畑浩一郎訳)が、1月に出た3巻目で無事完結した。国書刊行会から抄訳が出たことはあったが、全訳版は本書が初となる。世界の幻想文学史上に冠たる名著なので、気になっていた方、完訳版の刊行を待ち望んでいらした方も、多いことと思う。その意味でも、こうして無事に完訳版が完結したことは、歓びに堪えない。

 で、気になるその内容だが、これは『千夜一夜物語』の正系に連なるような「枠物語」であり、複雑怪奇な「入れ子構造」を、第一の特色としている。入れ子構造の物語というと、わが国にも泉鏡花という大立者が控えているが、『サラゴサ手稿』のそれは、より一層気宇壮大で、なにやら果ての知れない迷宮じみている。第3巻の巻末には「通覧図」と銘打って、その迷宮構造を絵解きする試みがなされていて、便利この上ない。これのために本書を購入するのもアリだろう。様々な読書の愉しみ方を許容する、大著である。