今月のベスト・ブック

装幀=坂野公一(welle design)
『リゼル13』
柴田祐紀 著
光文社
定価 2,200円(税込)
関口ショックが尾を引いてなかなか読書が捗らない。関口苑生さんご自身は病床にあっても新人賞の応募原稿を小生の五5倍速くらいで読まれていたから泣き言なんか言っていられないのだが、老人力は日に日に増すばかりだし。なんか良い薬はないものか。
というところで、今月のベストミステリー候補の一発目は、前号で紹介した小倉千明の『噓つきたちへ』とともに第1回創元ミステリ短編賞を受賞した水見はがね『朝からブルマンの男』(東京創元社)。受賞作の表題作他四篇を収めた連作集だ。その表題作は、週に3度、喫茶店に朝一で入るや1杯2000円するブルーマウンテンを注文、出されるとろくに味わいもせずに(それも嫌そうな顔で)飲んでさっさと退店する男の謎をめぐって、その店でバイトする桜戸大学ミステリ研究会の冬木志亜と同研究会会長の葉山緑里が探っていく。やがてその男は2人が通う大学の院生で、当人からある人物の指示で行っている旨を明かされるが……。そこから思いも寄らない方向へとつながっていく冒険・暗号小説になっている。
幽霊がたびたび目撃されている古びた学生寮で2人が調査に乗り出す「学生寮の幽霊」、単身赴任中の父親が帰宅する金曜日の夕食だけ味が落ちるという郷土料理研究会の会員宅の秘密を探る「ウミガメのごはん」、山手線で途中下車して遅刻しそうだった友人が、先行した自分と何故か同時に入試会場に到着したという謎に挑む「受験の朝のドッペルゲンガー」、そして2人が出会う鉱物研のダイヤ盗難騒ぎを描いた「きみはリービッヒ」と、日常の謎の王道を行くものを主軸に、トラベルミステリーなんかも交えてこの著者ならではの個性づくりにも成功していよう。小倉氏と同様、抽斗も多いようだし、本シリーズはもとより長篇にも期待したい。
シリーズ2冊目といえばこちら、上條一輝『ポルターガイストの囚人』(東京創元社)は話題作『深淵のテレパス』に続く〈あしや超常現象調査〉シリーズの第2弾だ。
物語は売れない俳優の東城彰吾が祖父母の建てた雑司が谷の実家に引っ越してくるところから始まる。ここで1人暮らししていた父は脳卒中で倒れ、家は廃屋同然。子供の頃から陰気な家が嫌いだった彰吾は気が重かったが、背に腹は代えられない。そこへ近所の不動産屋が顔を出し「女の人が2階にいるように見えた」などと言うが、そんなはずはなかった。実際、2階には誰もおらず、部屋の隅に大きなこけしが佇んでいるだけであった。
やがて彰吾の身辺で不審な音を始め、誰もいない部屋の電気が点いていたり、2階からこけしが転がり落ちてきたり、不思議なことが頻繁に起きる。彰吾は施設にいる父に話を聞きに行くが、父が漏らしたのは「鏡の中の女」という謎めいた言葉のみ。マネージャーの半田のアイデアで現象をYouTubeにアップしようとするが、撮影は失敗。映画の宣プロ・芦屋晴子と越野草太がやっているYouTubeチャンネル「あしや超常現象調査」とコラボすることに。現場のポルターガイストに直面した2人は独自の対策を打ち出し、一連の現象は終息したかと思われたが、肝心の彰吾自身が失踪してしまう。
東城家が舞台の前半はジャパネスクな幽霊屋敷もの。襖の開閉音やひとりでに動くこけし、姿見に移る黒い影といった小道具使いの妙。はたまた2階と地下室の使い分け。東城が囚われの身となる中盤からは、鏡の中の女の正体をめぐる謎解き趣向が一段と強くなり、クライマックスには高所活劇も用意されている。ホラー全開の前半から、後半いわゆるクリフハンガーも加味されていく手際は、まさにジャンルの垣根を超えたエンタメ手法というべきか。「次作で完結。」が惜しまれる。
今月の3冊目、柴田祐紀『リゼル13』(光文社)も第26回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞後第1作だが、こちらは作風がガラリと変わってノワールだ。舞台はみちのく、仙台。物語は幼稚園の入園式に集う4人の男──高校の同級生に先輩・後輩の4人組、佐崎、南原、ボッシュこと水間、柏木から始まる。このガラは悪いが気のいい男たちが密かにハマっていたのが〈リゼル13〉と呼ばれる未知のドラッグだった。その効果はすさまじかった。「普段は閉ざされている何百、何千という脳の扉が一斉に開き、空間と時間の垣根が取り払われ、神聖かつ深遠な宇宙真理のなかを泳いでいるような感覚──」だという。やがて佐崎たちはリゼル13を商売にしようとするが、一方その頃、街に君臨する暴力団九仁会のナンバー2・吉住晃の苛立ちはピークに達していた。古参のヤクザの藤川が半グレたちになめられ、検挙された。シノギは軒並み不成績。麻薬密売が激減していたのだ。吉住は半グレたちを粛清し、父親が輸入している薬物について調べ始めるが……。
かくして〈リゼル13〉をめぐる対立構図が明瞭になってくる。ドラッグで起死回生を図る四人組と、素人に甘い汁を飲ませてはならじと徹底的に潰しにかかる吉住。さらにその足元をすくおうと狙う伏兵たち。前作『60%』で見せた奇想が影を潜めたのはちょっと残念な気もしないではないが、途方もないスケールのトリップシーンがそれをカバーしていようし、著者の個性にもなっていよう。4人組対ヤクザのキャストも上々ということで、今月はみちのくノワールに乾杯!