今月のベスト・ブック

装幀=新潮社装幀室 装画=jyari

『救国ゲーム』
結城真一郎 著
新潮社
定価2,420円(税込)

 

 瀬戸川猛資・松坂健『二人がかりで死体をどうぞ 瀬戸川・松坂ミステリ時評集』(盛林堂ミステリアス文庫)は副題の通り「ミステリマガジン」掲載の、内外のミステリーを俎上に乗せた時評集である。ただし取り上げられているのは1970年代の作品。

 瀬戸川評は既刊『夜明けの睡魔』等がすでに新本格の作家や若手の評論家に高評されており、改めてその早逝が惜しまれるが、松坂も陰に日向に70年代以後の日本ミステリー、翻訳ミステリーの隆盛に多大なる貢献を果たしてきた。本書はその一端に過ぎない。瀬戸川の「貶し書評の乱れ打ち」(三門優祐)と松坂の洗練された博覧強記が対照的で面白いし、半世紀前の新刊評でも若い読者にはかえって新鮮に映るのではあるまいか。スウェーデン作家エクストレームの『うなぎの罠』(未訳)やコーリィ『日本核武装計画』等小生も本書で初めて知った怪作は少なくない。

 作家、評論家の寄稿にも気合が入っている。冒頭から400字50枚に及ぶ山口雅也の松坂健との縁起等、熱烈な語りが随所で炸裂するのでお楽しみに。残念なことに、本書の刊行を前に松坂は急逝。本書が遺著になってしまった。享年72。松坂さん、逝くのはまだ早いよ、といいたいが、単行本未収録の原稿はまだ多いはず。今後もお2人の成果が形になっていくことを願っている。

 というわけで今月のベストミステリー選びに移ると、まずは第41回横溝正史ミステリ&ホラー大賞受賞作、新名智虚魚そらざかな(KADOKAWA)。横溝正史ミステリ大賞と日本ホラー小説大賞が合体して以後、同賞はホラー系優位が続いているようだ。今回の主人公・丹野三咲も“体験した人が本当に死ぬ怪談”を探しているアラサーの怪談師。

 物語は三咲の同居人カナちゃんが釣り堀で釣り上げたら死ぬ魚がいるらしいと聞いてきたことに始まる。三咲は直ちに怪談オタクの元彼、西賀昇に協力を要請、彼は程なく静岡県釜津市の名刹に、人の言葉を話す恐魚伝説があるのを見つける。2人は現地に赴くが、地元の人によると、恐魚がいるのは東海道の難所として知られた隣町の狗竜川の河口だという。帰京した三咲は川に憑かれていく。

 序盤の展開からして怪談小説、ホラーっぽいが、三咲が川に取り憑かれるのはもともとトラウマがあるからで、体験したら本当に死ぬ怪談を探しているのも、実はそこに動機があることが明かされるや、ミステリー的なサスペンスも生成し始める。考えてみれば、1年も一緒に住んでいるのに、三咲がカナちゃんの素性をろくに知らないあたりもいわくありげ。むろん天竜川もとい狗竜川の周辺には似たような話がいくつもあって、諸説紛々、謎は深まるばかりだ。

 選考委員諸氏も「ストーリーの組み立てにはミステリの手法も効果的に導入されている」(綾辻行人)と指摘されているが、中盤からはミステリーとホラーとがバランスよく展開していく感じだ。三咲とカナちゃんのコンビも相棒もののきっかけとなる話作りがなされているとするならば、今後シリーズ展開が望めよう。女同士の絆――シスターフッドを前面に押し出していくような怪談探偵ものがあったっていい。期待。

 次は短篇「#拡散希望」で第74回日本推理作家協会賞を受賞して間もない結城真一郎『救国ゲーム』(新潮社)。少子高齢化の加速等で国家経営が危機に瀕していたが、その対策に全国民の大都市圏集住をネット動画で訴えていた謎の仮面人物〈パトリシア〉が2か月前最後通牒を突きつけ、姿を消した。

 政府は60日以内にすべての過疎対策関連予算・施策の撤廃を表明、それらの政策資本を政令市と東京特別区に投ぜよ。さもなくば――その61日目の202X年10月末、6年前、過疎集落の奇跡の復活を成し遂げて以来、地方創生のスターとして活躍してきた神楽零士が岡山県K市の山中で殺される。

 事件現場の霧里地区はドローンや自動運転車両で復活した過疎集落で、神楽の他10人が住んでいた。事件後間もなく近くに住む老人が容疑者として任意同行されていたが、週刊誌の記者・馬場園は老人の犯行とは思っていなかった。遺体は首が切り離され、胴体だけが自動運転車両に乗せられ山中へ送られていた。しかも車両は途中で立ち往生し、炎上しているところを発見されたのだった。

 相次ぐ謎の解明に、村の住人で人気ブロガーの晴山陽菜子は東大時代の宿敵、内閣官房まち・ひと・しごと創生本部事務局で働く切れ者、雨宮雫に協力を要請するが……。「人質は国民8000万人。」という帯の惹句からもおわかりのように、出だしは謀略パニックものの乗りだが、神楽殺しから、話の興味は謎解きに一転。何せ事件現場は八つ墓村も近かろうという中国山地の過疎地区なのだから、手が込んでいる。その一方で、著者は謀略パニック劇にも手を緩めない。パトリシアは自分の犯行であることを明かしたうえで、政府に前回の要求を30日以内に呑まないと、無作為に選んだ地方都市をドローンで無差別攻撃するというのである! 

 惹句には「次代のエースが仕掛ける知のデッドヒートに貴方はついていけるか」ともあるけど、自信のない人はぜひ「#拡散希望」(『ザ・ベストミステリーズ2021 推理小説年鑑』所収)からひもとかれるように。今月はこれにて決定。ふー、まいりました。