今月のベスト・ブック

装幀=泉沢光雄
装画=Shutterstock

『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』
田村和大 著
双葉社
定価1,925円(税込)

 

 巨星、墜つ。トラベルミステリーで知られる巨匠西村京太郎が亡くなった。享年91。1965年『天使の傷痕』で江戸川乱歩賞を受賞して以来、社会派ミステリーを始め、多彩な作風で活躍、78年の『寝台特急ブルートレイン殺人事件』以降は十津川警部を主人公にしたトラベルミステリーが人気を博し、今日まで斯界の第一線で活躍を続けてきた。氏の作品には、小生もノベルズの惹句や文庫解説を書かせていただいたが、好きな鉄道のことが書けて、仕事抜きで楽しめた。コロナ禍にあっても、最後までチャレンジングな創作姿勢を崩さなかったとの由。誠に頭の下がる思いである。

 笹本稜平、大谷羊太郎といった新旧作家の訃報が相次ぐ中、海外ではロシアのウクライナ侵攻という大事件も起き、ただでさえ落ち込んでいたところへ追い打ちをかけるような知らせではあったが、何とか気持ちを立て直して読書に励んでいきたい所存である。

 ということで今月のベストミステリー選びに移ると、まずは秋尾秋『彼女は二度、殺される』(宝島社文庫)から。2021年度の『このミステリーがすごい!』大賞については、本欄でも大賞受賞作の南原詠『特許やぶりの女王 弁理士・大鳳未来』を紹介したが、本書は受賞は逃したが一読の価値ある作品として刊行された隠し玉──ていうか、何を隠そう、小生が受賞作に推したのがコレでした。押しが弱くて推しきれなかったけど……。

 死者を一時的に蘇らせる能力者・傀々裡くくり師が秘密裏に活動する現代日本。主人公の九十九つくも黒緒とはじめ白夜はそれを管理する福音協会に所属する傀々裡師とその護衛役である式鬼しきのコンビだ。2月頭、2人は何者かに絞殺された周防家の12歳の娘・真珠を蘇らせるべく周防家に向かう。だがいざ傀々裡を始めようとしたとき、真珠の遺体からは目と舌、両手の指が失われていた。傀々裡師は本来事件の捜査には関わらないのだが、黒緒はいつものクセで首を突っ込み始めるのだった。

 ミステリーとしては今流行りの特殊設定ものだが、謎解きの手法は至ってオーソドックスで、アリバイ崩しや密室からの消失仕掛け等がロジカルに解き明かされていく。死体を物扱いする独特なディストピア作りやグロテスクな犯罪趣向は好き嫌いが分かれるかもしれないけど、主人公の黒白コンビといい、ブラックで対照的なキャラクター造形には独自の味わいがあり、仰天技も飛び出す。シリーズとして今後に大いに期待が持てるかと。

 特殊設定といえば、同賞の文庫グランプリ受賞作、鴨崎暖炉『密室黄金時代の殺人 雪の館と六つのトリック』(同)にも触れておかないと。表題通り、密室ものの本格ミステリーだが、こちらも背景作りに特徴ありで「密室の不解証明は、現場の不在証明と同等の価値がある」との裁判所判決が下された結果、日本では現場が密室である限りは無罪であることが担保され、密室殺人の激増を招いた。これも一種のディストピアなのでは。

「僕」こと葛白香澄は高2のミステリーマニア。幼なじみの女子大生朝比奈夜月の雪男捜しに同行することになった彼は埼玉の山間部に赴くが、宿泊予定の雪白館は密室ものを得意とする推理作家雪城白夜のかつての邸宅だった。10年前、そこで彼が仕掛けた推理ゲームは未解でミステリーファンの伝説になっている。雪白館には2人の他、UМA捜しにきた外国人少女や密室探偵、朝ドラ女優に僕の中学時代の同級生女子も泊まっていたが、やがて密室殺人が。さらに館に通じる橋が落とされ、密室殺人が繰り返される。

 一見典型的な雪の山荘ものと思われようが、とにかくあの手この手の密室殺人仕掛けが凝っていて楽しい。それを推理する側も個性派揃いで、出だしのキャラクター紹介のくだりで立ち込めていたバカミスの匂いも独自の軽タッチとして気にならなくなる。名作へのオマージュも随所で活かされ、文字通り初心者からすれっからしの本格ファンまで楽しめる快作に仕上がっていよう。次作は孤島もののようで、これまたシリーズ展開に期待。

 今月は『このミス』大賞祭りの様相と相なったようで、3冊目は前号で細谷正充が一足先に取り上げていた田村和大『正義の段階 ヤメ検弁護士・一坊寺陽子』(双葉社)。田村氏は『筋読み』で第16回『このミス』大賞の優秀賞を受賞してデビュー。同作は警察小説だったが、本書は弁護士作家の本領を発揮したリーガルミステリーである。

 福岡の弁護士一坊寺陽子の事務所に司法研修所時代の同期・桐生晴仁が訪れる。虐待を受けていた少女が実の父親を殺した事件の弁護人になってほしいというのと、もう1件は懲戒請求事件の代理人の依頼。問題は後者で、「桐生晴仁が佐灯昇を殺した」と書かれた請求書の差出人を捜してほしいというのだ。佐灯は桐生の従兄弟で、16年前、埼玉でやはり両親を殺し有罪になっていた。その公判で桐生は弁護人、陽子は担当検事だったのだ。陽子は願いを聞き入れ2件とも引き受ける。

 かくして埼玉県警の元刑事の協力も仰ぎ、16年前の事件が掘り起こされていくが、思いも寄らぬ家庭の悲劇が浮かび上がってくる。正義感あふれる陽子だが私生活ではヒモ同然の彼氏に悩まされるあたり、等身大のアラフォー女性というべきか。もはや『このミス』大賞作家のお家芸になりつつあるどんでん返しも決まって、先輩作家に一日の長あり。今月のBМベストミステリーもこれにて決定だ。