今月のベスト・ブック

装画=かしこの猿
装幀=坂野公一(welle design)

『シスター・レイ』
長浦京 著
KADOKAWA
定価 2,090円(税込)

 

 このひと月、新人賞の下読みと身内の葬儀に追われた。特に後者では、人が亡くなると様々な手続きが待っていることを改めて思い知らされた。小生の場合、その点兄弟まかせにできたのは助かったというか、情けないというべきか。

 

 というところで、今月のベストミステリー選びは法律ものから。衣刀信吾『午前零時の評議室』(光文社)は「法廷×デスゲーム×本格ミステリ」と銘打たれた第28回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作だ。

 

 大学生の神山実帆のもとに補充裁判員の選任状が届く。それは事前オリエンテーションの案内状も兼ねていた。8月某日、神奈川県の田舎町に赴いた実帆は、集められた6名と評議する案件がアルバイト先の羽水法律事務所が担当する事件と同じであるのに気付く。現れた元邑判事は被告人が無罪になった13年前の事件を持ち出し、6名は皆関係者であり、皆が皆、過ちを犯した、今度はその汚名返上の絶好の機会だという。かくして午前零時を期限に命がけの評議会がスタートすることに。

 

 一方、事件の調査に当たっていた羽水弁護士は被告人赤根菜々絵の元彼へのストーカー殺人だという検察側のストーリーを疑っていた。被害者の靴下が片方だけ持ち去られた謎もあり、相棒の佐藤孝信弁護士とともに事件の洗い直しを始める。

 

 一見、何とも無理筋の監禁、タイムリミット・サスペンスのようにも思われる。元邑判事って、本当の判事なの? でも強烈なサスペンス演出で前半を引っ張っていってくれるのは間違いないし、靴下や凶器の石をめぐる謎、目撃証言の真偽、真犯人をめぐる思惑と工作等々、後半二転三転する展開が実にスリリングなのだ。裁判員制度や法曹の問題点も告発され、ラスト100ページは一気読み必至。さすが3年連続で最終候補に残った実力派である。日本弁護士連合会の要職にあってご多忙ではありましょうが、引き続き創作のほうもよろしくお願いいたします。

 

 次も二足の草鞋派系作家、久坂部羊『絵馬と脅迫状』(幻冬舎)。医師で作家でもある著者による“医”と“病”をめぐる6篇を収めた短篇集である。といっても、ストレートな医学ミステリー集ではありません。

 

 冒頭の「爪の伸びた遺体」は神経内科医の前に、7年前に自殺した幼馴染とそっくりの研修医が現れる。そういえば葬儀の際、10日前には切りそろえられていた遺体の爪が何故か伸びていて不審を覚えたのだった。研修医は幼馴染を思わせるような振る舞いも見せ始めるが、果たして彼は……という異常人格テーマのサスペンスだが、続く「闇の論文」は地方大学の研究者が、がんの診断で行われる生検が転移を引き起こす可能性を示すマウス実験に成功し、その成果を論文として発表しようとする。だが、彼らの前に不都合な“真実”を厭う医療界の壁が立ちふさがる。

 

「悪いのはわたしか」は怪文書をきっかけにストーカーにつきまとわれているという被害妄想にとらわれていく美人精神科医の顚末を描いたサスペンスに戻り、表題の「絵馬」は信心や願掛けを信じない医師が心臓外科の名医が手術の無事を祈願した絵馬を発見、誤って落として割ってしまう。どうせただの板切れだと捨ててしまうが……という、こちらはホラータッチのサスペンスだ。

 シリアスなだけではない。残りの2篇はブラックなユーモアを湛えた話で、人生の裏表に通じたこの著者らしい自由自在な作風が堪能出来る1冊に仕上がっている。

 

 もう1作。長浦京『シスター・レイ』(KADOKAWA)は東京の下町を舞台にした謀略活劇だ。

 

 能條玲は墨田区の困っている外国人に何度も手を差しのべたことから“シスター”と呼ばれ慕われている38歳の予備校講師。今日も今日とて、母親の在宅介護を頼んでいるフィリピン人女性マイラの依頼で、特殊詐欺に巻き込まれたらしい彼女の息子・乃亜の行方を捜すことに。捜し当てた乃亜が洩らしたのは、犯罪のネタ元リストをめぐる暴力団浦沢組と半グレベトナム人組織のトラブルの渦中にいるということだった。玲は、べトナム人組織の方に知り合いがいるから話をつけてみると伝えるが、その頃すでに浦沢組がマイラたちに手を伸ばしていた。そして、ベトナム人組織もまた……。

 

 話をつけてみると言ったって、フツーの予備校講師が半グレ相手にどう話つけんのよ。そう、シスター・レイはフツーじゃない。実は彼女、元フランス警察の特殊部隊のエースで、警察庁のエリート官僚ともツーカーの間柄だ。ただ訳あって長年暮らしたフランスから帰国せざるを得なかった玲は、警察とはお近づきになりたくなかったのだが。

 

 西欧のテロリストと戦ってきた玲にとってヤクザも半グレも敵ではない。アクロバティックな肉体活劇、パルクールや身辺の物品を駆使して戦うその姿は、銃器活劇とはまた異なる痛快さを味わわせてくれよう。

 

 驚くべきは、巨大な隅田川東団地を始め、下町の団地に外国人入居者が急増しているという設定。「今や外国人犯罪組織は、新宿、上野、錦糸町のような繁華街ではなく、住宅街の一角に拠点を置いていることが多い」らしいのだ。今月は、下町に隠された新たな国際謀略の構図を提示した本書に決定!