今月のベスト・ブック

装画=中島梨絵
装幀=大久保伸子

『女の国会』
新川帆立 著
幻冬舎
定価 1,980円(税込)

 

 いかん、いかんと思いつつも、NHK連続テレビ小説『虎に翼』を観てから寝る癖がついてしまった。『虎に翼』は女性差別著しい昭和初期に日本初の女性弁護士を目指すヒロイン(伊藤沙莉)の姿を描いたドラマだが、とにかく男性権力に立ち向かう女性たちの心意気とテンポの速さが気持ちいい。朝まで起きていると、ついあれを観てから、という気になってしまうのだ。これではいつになっても、深夜生活から抜け出せないではないか。

 今月のベストミステリー候補の1発目は、そんな世の引きこもり予備軍諸氏をも震撼させる長篇から。葉真中顕『鼓動』(光文社)がそれだ。物語は2022年6月、東京の多摩市一帯を管轄する桜ヶ丘署刑事課の奥貫綾乃のもとに殺人事件の一報が入るところから始まる。公園でホームレスの老女が殺され、燃やされたのだ。犯人の草鹿秀郎は近所に住む男で18年もの引きこもり生活を送っていた。彼は父親も刺し殺したと自供する。一方、燃やされた老女は綾乃も知る通称フラワーさんという身元不明のホームレスだった。

 物語は昭和から平成、令和へと至る社会風俗を背景にした草鹿の軌跡と、綾乃&ベテラン刑事・梅田のコンビによるフラワーさんの身元捜査が交互に描かれていくが、草鹿パートの半世紀近い時代記録のダイジェストからしてわかりやすく素晴らしい。綾乃パートは、結婚と子育てに失敗したことがトラウマになっている彼女が、次第に自分とフラワーさんとを重ね合わせていくところが巧み。むろん終盤には両パートは合体して、サプライズも控えている。けだし著者の社会派ミステリーの到達点ともいうべき傑作だろう。

 次の浅倉秋成『家族解散まで千キロメートル』(KADOKAWA)は主人公たる喜佐家の面々が正月に山梨県都留市の実家に集うところから始まる。古びた家は取り壊し、両親は大月のマンションへ、長男の惣太郎はすでに独立しており、次男の周は結婚して八王子へ、長女のあすなも結婚が決まり婚約者と甲府で同棲中、一家は3日後には引っ越しすることになっていた。風来坊で留守の父・義紀を除く皆で片づけをしていたところ、倉庫から不審な木箱発見。中には仏像が入っていた。程なくTVで、それは青森の神社から盗まれたご神体であることがわかる。一家は協議の末、それを返却して許しを請うべく陸路青森へ向かうのだが……。

 とここまでは、ありがちなロードノベル的展開で、青森へいくまでも不審な尾行車が現れたり、謎のパンク事件が起きたり、充分面白いのだが、何しろ著者は「伏線の狙撃手」、もともと一癖も二癖もある喜佐家の面々だけに、考えてみれば序盤から怪しい発言や描写があったような──。本書はまた「どんでん返し三部作」の集大成とのことで、終盤の展開には触れないほうがいいみたいだけれども、葉真中小説と同様、ミステリーとしても家族小説としても独自のサプライズが用意されているといっておく。お読み逃しなきように。

 さらにもう1作。新川帆立『女の国会』(幻冬舎)は未だ男世界たる国会で奮闘する女性議員の奮闘ぶりを描いたお仕事小説タッチのミステリーだ。

 野党第一党・民政党所属の衆議院議員、高月馨キモイリの法案、性同一性障害特例法の改正案が与党・国民党の総務会で不通過となった。「憤慨おばさん」と呼ばれる高月は、直ちに共闘した与党議員の「お嬢」こと朝沼侑子に抗議するが、朝沼は派閥のトップ三好顕造の反対にあったと泣くばかり。翌々日、その朝沼が青酸カリで死ぬ。自殺らしい。彼女と敵対関係にあり、くだんの法案で追い詰めたことで非難を集めた高月は謝罪と国対副委員長の辞任を迫られる。

 高月は窮地に陥りながらも、毎朝新聞社の和田山怜奈記者から得た朝沼の遺書や朝沼の婚約者たる政界の貴公子・三好顕太郎との会見を通して、朝沼の死の真相に迫ろうとするのだが……。

 新川小説のヒロインとしては、お嬢こと朝沼侑子のほうがお似合いかも。何しろ「政治一家の三代目、生粋のお嬢様で、わがまま放題の人だった」。で、「東大法学部を出て、(中略)エリートのはずなのに、話してみると頭はからっぽで、自分に都合が悪くなるとすぐ泣いた」。高月馨は出自も容貌も朝沼とは対照的、モデルは市川房枝らしいから、当然だけど、常に前向きなのが『虎に翼』のヒロイン猪爪寅子を髣髴させる。

 また、高月のみならず彼女の政策担当秘書・沢村明美、記者の和田山、また朝沼亡きあと打って出るО市議会議員の間橋みゆきなど多角的な視点から日本の政界をとらえようとしている点も買いだ。むろん女の国会だけでなく、男の国会にも視線は注がれている。

 中盤、和田山がハコ乗り取材する三好顕造の迫力たるや。そうかと思えば、高月の地元に同行した沢村が味わわされる県連のエロジジイぶりの生々しさやストイックだった党幹事長・田神の権力闘争の鬼への変節ぶりなど、男の世界もきっちり描いてみせる。

 ミステリーとしては、朝沼の毒死が明かされる中盤の山場が読みどころだが、葉真中小説、浅倉小説と同様、本書にも終盤、サプライズが用意されている。今月は3作甲乙つけがたいが、迷ったときは女性優先ということで、新川小説にBM賞。はて?