今月のベスト・ブック

カバー写真=ylvain Sonnet/ Jay's photo/ gettyimages
装幀=泉沢光雄

『贋品』
浅沢英 著
徳間書店
定価 2,200円(税込)

 

 最近グルテンフリーに目覚めつつある。グルテンとは小麦に含まれるたんぱく質のことで、近年腸や脳に炎症を起こすらしいことがわかってきた。内視鏡検査でポリープが見つかった身としては気にしないわけにはいかぬというわけで小麦断ちに挑んではいるのだが、これが難しい。パンに麺類、粉物から調味料まで小麦は侵食しており、米以外、ものぐさ老人が食べられるものがなかなかないのだ。

 う~ん困った、というのが現状で、いったん今月のベストミステリー選びに移ると、候補作の1発目は第65回メフィスト賞受賞作の金子玲介『死んだ山田と教室』(講談社)。

 8月29日、県下最難関の私立高として知られる啓栄大学附属穂木高校2年E組の人気者の山田が飲酒運転の車に轢かれて死んだ。2学期最初の教室は文字通り通夜のよう。それを見た担任は席替えを提案するが、教室内は静まり返るばかり。そこへ突然、山田とおぼしき声がスピーカーから流れ出した。

 そう、それはスピーカーに憑依したらしい山田の声だった。山田は2Eのクラスが大好きで、みんなとずっと馬鹿やってたいっていつも思っているからこうなったのかもしれないと自説を述べ、席替えするなら最強の配置があるとアイデアを披露するのだった。

 ミステリーとしては、山田の黒歴史が明かされていく中盤のサスペンスもさることながら、やはり何故スピーカーに憑依したのかという大ネタに絞られよう。読みどころはしかし、中盤の2Eのバカ男子高ノリ青春記にあり。特に第5話のDJプレイは抱腹絶倒のバカっぷりで、とても偏差値70越えの優等生とは思えない。その点、ジャンル的には、バカミス扱いしたくもなるが、やがて時がたち、クラスメイトが進級、卒業していったあとどうなるかがポイントで、物語は一気にシリアス度を増し、目が離せなくなる。ラストはインパクト充分。次回作予告もまた!

 というわけで、初っ端は飲食が出来なくなった山田のつらさがひしひしと伝わってくる1冊なのであった。続く川瀬七緒『詐欺師と詐欺師』(中央公論新社)には復讐のため貧乏生活が染み付いた女詐欺師が登場する。

 国際詐欺師の伏見藍は一時帰国中の一仕事として、とある政治家に狙いをつけ政治資金パーティーに参加、そこで知り合った上条みちるに興味を抱き自分の仕事に引き込んだ。みちるは7歳で両親を失い、高校を卒業して施設を出てからずっと親の仇を捜しているという。藍は改めて2人だけの女子会を開いて詳細を聞き出すと、仇とは今や世界的企業に成長した戸賀崎グループの筆頭株主・戸賀崎喜和子だった。みちるの話だと、彼女の父親は戸賀崎リゾート開発本社の社長秘書を務め、将来を嘱望されていたが、社長である喜和子の夫が事故死すると、喜和子に夫の横領をなすりつけられ夫婦ともども自殺に追い込まれたのだという。藍は思い込みの激しいみちるに危うさを覚えながらも、復讐に協力することに。まずは情報提供している中年探偵と会って情報を出し惜しみする男を絞り上げ、伊豆のリゾートホテルに喜和子が隠れている可能性のあることを聞き出すが……。

 世界を股にかけ暗躍、すでに数十億の資産を持ち、贅沢な生活があたりまえになっている藍と、復讐一筋、食生活から何から貧しいみちるとのギャップが面白い。その差を藍はどう埋め、あるいはなだめ、喜和子の居所を探り出していくのかが読みどころだが、その一方で著者は、復讐譚とは関係なさげな猟奇犯罪も絡ませ、サスペンスを高めることにも成功している。ようやく喜和子の居所がつかめそうだというときに突如として現れる猟奇犯罪者とは何者なのか。クライマックスに訪れるサプライズを予想できる者はいまい。

 今月の3冊目も詐欺師の話。浅沢英『贋品』(徳間書店)は第5回大藪春彦新人賞作家のデビュー長篇で、辛口の選評をもって知られる馳星周も絶賛のアートサスペンスである。

 佐村隆は画商の亡父の友人で元画家の山井青藍からピカソの贋作作りに誘われる。10年余り前、オランダの美術館から盗まれた最晩年のアルルカンの油絵が東大阪の新興宗教の施設にあるというのだ。それを一時持ち出して3Dプリンターで贋作を作る。施設には協力者もおり真作認定済み、絵を持ち出す段取りもついていた。メンバーは佐村と山井、施設の協力者・川村佐智子に、中国語に通じている絵画修復工房の楊文紅の4人。

 何とも展開が速くて、佐村と文紅はさっそく絵を売りつけるメガコレクターに会うべく香港に飛ぶ。その金額、48億円! もちろん買う方も、黙って買いはしない。「わたし、嘘は嫌いなの」といい、嘘つきの恐るべき末路を見せつけるのである。

 読みどころはまず、現代の贋作作りの妙。光学調査からして可視光反射撮影を始め何通りもの調査に耐えるものを作らなければならない。その細かさたるや。絵具やキャンバスの材質も年代測定されてしまうから、同年代のものが要るし、3Dプリンター1つ取っても金がかかる。佐村たちはそのために借金を重ねて金融屋からも追われる羽目に。おまけに仲間内でも裏切り、また裏切りというお約束の波乱に富んだ展開ありで、息継ぐ暇もなし。

 果たして贋作作りは成功するのか。これぞまさしくノンストップ・サスペンスという次第で、今月はこれにて決定。ああ腹減った。