今月のベスト・ブック

装画=Q-TA
装幀=大岡喜直(next door design)

『禁忌の子』
山口未桜 著
東京創元社
定価 1,870円(税込)

 

 盟友茶木則雄が逝ってしまった。享年67。7月の作家友成純一に続く友人の死に、ただただ呆然とするばかりだ。ご存じの通り茶木は書評家、エッセイストとしてだけでなく、『このミステリーがすごい!』大賞や本屋大賞の立ち上げに関わるなど、出版プロデューサーとしても辣腕を振るった。最近は出版界から少し離れたようだったが、またそのうち何かやらかしてくれると思っていた。残念でならない。皆様、体はくれぐれも大切に。

 というところで今月のベストミステリー選びに移ると、まずは8月刊の大作、永嶋恵美『檜垣澤家の炎上』(新潮文庫)から。

 高木かな子は横浜の富豪一族・檜垣澤家の当主・要吉の妾を母に持ち、何不自由なく暮らしていたが、7歳で母を亡くし、檜垣澤家に引き取られ、商売の舵取りをする要吉の妻──大奥様スエを筆頭とする女系が治める一家の中で生きていくことになる。そんなある日、屋敷内を探訪中、かな子は火事を発見、幸い小火で消し止められるが、スエの娘・花の「旦那様」の辰市が死体で見つかる……。

 2年後、要吉は亡くなり、かな子は後ろ盾を失うが、屋敷を火事から救った功績で邪魔扱いを受けずにすんでいた。彼女は花の娘たち、「麗しの檜垣澤三姉妹」に取り入りながら、情報収集にも余念がなかった。スエが上州の寒村の娘から成り上がったように、かな子もいつかスエ以上の存在になりたいという野心を抱いていたのである。

 かくしてかな子の檜垣澤家の日々は続いていくのだが、時代背景は20世紀初めの大正時代。本の帯には「『細雪』×『華麗なる一族』×殺人事件」という惹句があるけど、そうした関西の一族ものをベースに、横浜の当時の上流階級のありさまが活写されていくわけで、まずはそれに合わせた擬古的な文体に拍手。本書はまた「檜垣澤商店という会社のクロニクル」(千街晶之解説)でもあり、「物語の背景では、日露戦争、大逆事件、(中略)第一次世界大戦、戦後恐慌、スペイン風邪、柳原白蓮の駆け落ち……といった歴史的トピックが進行していく」。それらが、かな子の日常をいいタイミングで揺り動かすあたりも見事。むろん彼女には、親友との出会いを始め、様々な出来事が待ち受けていて、それをどうしのぐかが読みどころではあるのだが。いいタイミングといえば、辰市の死が後々まで檜垣澤家の闇に響いてくるあたりはミステリー演出として見逃せまい。そしてクライマックスのカタストロフの衝撃!

 それにしても、著者は何故今こんな大作を手掛けたんだろう。復興から始まるであろう続篇は書かれるのであろうか。

 今月の2冊目は第34回鮎川哲也賞の受賞作、山口未桜『禁忌の子』(東京創元社)。

 2023年4月、兵庫県鳴宮市にある兵庫市民病院救急科に心肺停止状態の男性が搬送される。担当医の武田航はただの溺死体だとタカをくくっていたが、その身元不明の遺体「キュウキュウ十二」の顔を見て驚愕する。自分と瓜二つだったのだ! 自分は一人っ子だし、知り合いにもこんな人物は知らない。武田は看護師の紹介で推理力が高い医師・城崎に相談することに。

 城崎は武田の中学生時代の友人だった。男でも思わず振り返るような美貌の持ち主だったが、ガールフレンドの死にも涙しないような冷血漢だった。本人いわく「僕は変温動物じゃなくて、恒温動物なんだ。低めの体温でずっと一定している」。だが彼は、不思議な事象をそのままで放置するのはどうにも居心地が悪いと事件の謎解きに協力することに。まずは母子手帳を手がかりに探り始め、両親が不妊治療を受けていたらしい病院を見つけ出す。武田は城崎と2人で大阪市福島区にあるその病院、生島リプロクリニックに赴き、「キュウキュウ十二」の名前も知るが、理事長の生島京子には接見を先延ばしされる。1週間後、再びクリニックを訪れた武田を待っていたのは密室状態の理事長室で首を吊った生島京子の死体だった。

 出だしのつかみがいい。救急医のもとに瓜二つの死体が搬送されるなんてまさにイリュージョンだ。ミステリーを読み慣れた人ならついどうせクローンかなんかだろうと思うかもしれないが、武田の生まれた年にはまだクローン技術は生まれていなかった。ではどうして瓜二つの人間が……という謎が医療ミステリーとしての第一の読みどころであるが、これについては詳しくは突っ込めないがクローン的な技術より何より、施術の成否にまつわる工夫が面白いといっておく。

 もうひとつの読みどころは、武田と城崎のコンビ探偵ぶり。2人の会話を見た医師の1人が「まるで先生方は名探偵と助手みたいだ」と漏らす場面が出てくるが、ロジカルに詰めていく城崎と感情的な武田は、有栖川有栖の火村英生と有栖川有栖のコンビを髣髴させはしまいか。当事者の武田はクライマックスで暴走し始めたりしますけど。

 ミステリーとしての読みどころの3つ目は表題の「禁忌」にまつわることで、てっきり不妊治療についてある人物が境界を越えてしまうことを指すのだとばかり思っていたが、終盤フーダニットの爆弾とともにトンデモない罠が仕掛けてあったんですね。確かにこの結末、評価が分かれるところかもしれないが、著者はすでに続篇の予告まで載せていた。その心意気を買って今月はこれにて決定!