今月のベスト・ブック

装丁=泉沢光雄 装画=杉田比呂美

『パラダイス・ガーデンの喪失』

若竹七海 著

光文社
定価1,760円(税込)

 創設以来選考に携わっているミステリー系新人賞の候補の顔ぶれを眺めていたら、B級、マニアック、バカミス、特殊設定といった言葉が自ずと浮かんできた。野球でいえば変化球ばっかということで、今年は剛速球はないんかいと突っ込みを入れたくなった。偶然の結果なのかもしれないが、応募者に変化球でなければ三振が取れないと思われているのかもしれず、今後の動向に注目。

 それは新人賞の老舗、江戸川乱歩賞においても同様で、今年は久しぶりの二作受賞となったが、一作は南宋の中国を舞台に武俠小説のスタイルを取った密室ミステリー――つまり特殊設定ものであった。それが桃野雑派『老虎残夢』(講談社)。今年は発売時期が若干ずれるようで、もう一作の伏尾美紀『北緯43度のコールドケース』は次号での紹介となるが、こちらは北海道を舞台にした正統派の警察捜査小説。『老虎残夢』とはまったくタイプの異なる作品で、選考委員の諸氏も大いに迷われたに違いない。

 で、『老虎残夢』だが、主人公の蒼紫苑は伝説の武術家・梁泰隆の女弟子だが、物語は彼女が師父から、名だたる武俠から一人選び奥義を授ける旨告げられる場面から始まる。奥義の存在すら知らなかった紫苑には衝撃だったが、師父の言葉には逆らえない。彼女は泰隆の養女・恋華と恋愛関係にあり、武林で禁忌とされている同性愛を冒してもいた。やがて、杭州・臨安に近い八仙島にある泰隆の屋敷に三人の男女が訪れ、紫苑と恋華は二人で客人をもてなす。一触即発だった客人たちも泰隆との久しぶりの再会に心を開き始めるが、紫苑は初めて酒を口にし、気功を操る内功の力を失ってしまう。さらには、泰隆が寝泊まりしている孤島の楼閣でも異変が……。

 名だたる武人の奥義の継承をめぐる事件というと武俠小説ではお馴染みの題材といわれるかもしれない。泰隆に呼ばれた三人が、出会い頭にいさかい始めるあたり、術を出し合う場面などから、著者のこの面でのサービスぶりもうかがえよう。しかし、本作はただの武俠ものではない。帯の惹句にも「『館』×『特殊設定』×『孤島』×『百合』!」とあるように、そこには本格ミステリーから超常的体術、同性愛まで、現代にも通じよう多彩な趣向が凝らされている。かくて中盤からはフーダニット、ハウダニットのサスペンスがいやが上にも盛り上がるのである。

 時代背景は一三世紀の頭、宋は隣国の金や鉄木仁率いる蒙古に囲まれていたが平和を維持しており、泰隆も紫苑や恋華も壮絶な過去を持ちながらも今は穏やかに暮らしていた。だが後半、物語はシリアスな歴史小説の顔も見せていく。実は本作でいちばん感心したのも、事件の背後にある壮大な歴史劇としてのスケールにあった。著者は昨年も最終候補に残っていたが、作風が一変。この先も多様な作品が望めそうな即戦力と見た。

 続いてはベテラン作品。若竹七海『パラダイス・ガーデンの喪失』(光文社)。湘南の架空の町・葉崎市を舞台にした、何と一〇年ぶりのシリーズ最新長篇である。

 両親が山間の西峰地区に造り始めた庭園を兵藤房子が受け継いでから三〇年になる。数々の花が咲き誇る一〇月のパラダイス・ガーデンで、彼女は老女の自殺死体を発見してしまう。ニュースは程なく麓の商店街を始め、街中にも伝わり始める、というわけで、序盤は自殺ほう助を疑われいい迷惑の兵藤房子を始め、主たる登場人物の紹介。

 山の入口にある土産物屋の大女将、パラダイス・ガーデンの奥にある山寺の副住職、二年前に町に越してきたイラストレーターと陶芸家のコンビ、その陶芸家の方の大叔母に当たる、元キルト作家の老女、コロナ禍でエゴイストの夫との仲がまずくなった二児の母、そして葉崎警察署の廊下を「百戦錬磨の戦車が突進しているかのよう」にのしのし歩く刑事課総務担当警部補・二村貴美子……。

 登場人物はまだ続くし、自殺死体の身元もなかなかわからない。物語的には停滞気味なのだが、そこはベテランのテク、人物の描き分けの妙で軽やかにかわしてのける。出てくる老若男女は一見どこにでもいそうなんだけど、皆一癖も二癖もあって飽きないのだ。

 章題はキルトのパターンから取られていて、一つ一つはどうということのない模様なのだが、パッチワークを重ねていくと、やがて独自の美しさをたたえたキルトが出来上がるという作法そのままに、中盤に入ると新たな事件が起き、皆が隠していた秘密も徐々に明かされ、思いも寄らない全体像が浮かび上がってくるのである。

 もちろん事件も老女の自殺やそのほう助はきっかけのひとつにすぎない。中盤からの展開は町ぐるみの騒動へと発展していくとともに、凶悪性も増していく。葉崎市シリーズは日本のコージーミステリーを代表する一作として取り上げられる機会が多いが、そのコージー的なものの象徴であるパラダイス・ガーデン(とその女主人)は本書では序盤からひどい目にあうし、真相もヒネリが効いていてかつ慄然とさせられること請け合い。

 随所に黒い笑いや残酷さをちりばめ、ただ心地のいいコージーとは一線を画した傑作。若竹七海の夏の新作といえば女探偵・葉村晶もの。今年は彼女に会えず残念だが、本作はその不在を補って余りある。今月のBМはこれにて決定だ。